2012年の環境提言

「生命の尊厳」守る生き方が未来の礎に

第2段
「生命の尊厳」守る生き方が未来の礎に

何のための成長か

この課題を展望した時、私の胸に強く響いてきたのが、国連開発計画のヘレン・クラーク総裁が昨年、リオ+20の意義を踏まえつつ行っていた次の呼びかけです。

「持続可能性とは、環境だけの問題ではなく、環境が主たる問題でもない。持続可能性とは要するに、私たちが取る行動のすべてが今日の地球上で生きる70億の人々、さらには今後何世紀にもわたって生きる多くの世代に影響を及ぼすという前提のもとに、どのような生き方を私たちが選択するのかという問題である」(横田洋三/秋月弘子/二宮正人監修『人間開発報告書 2011』阪急コミュニケーションズ)

その意味で、今日叫ばれる「物質的拡大」から「持続可能性」へのパラダイム(思想の枠組み)転換は、経済や環境政策の見直しはもとより、社会や人間のあり方までも根底から問い直す文明論的課題としての性格を帯びています。

いまだ多くの国で経済成長が優先目標であり続けていることは、考慮しなければならない点ではあります。ただしどの国においても、「何のための成長か」「他に配慮すべきことは何か」を、今回の会議を機に吟味する必要があると思えてなりません。

その問いかけを、日本のみならず、世界の多くの人々に投げかけたのが、昨年3月の東日本大震災だったのではないでしょうか。

そこで浮き彫りになったのは、どれだけ目覚ましい経済成長を遂げ、最先端の科学技術が浸透した国でも、被害の拡大を食い止めるのは容易ではないという現実でした。

また、巨大化した科学技術は目的の如何にかかわらず、時として未曽有の被害――福島での原発事故の場合には、大勢の人々が避難を強いられたことをはじめ、放射能汚染の度合いが強かった地域の環境をどう回復していくかという課題とともに、人々の健康への晩発性の影響が懸念されるなど、取り返しのつかない事態を招くことがあらためて痛感されました。

大切な人々の命が奪われ、尊厳が傷つけられ、住み慣れた地域の自然や生態系が損なわれる事態は、災害のみならず、環境破壊や紛争などによっても容赦なく引き起こされるものです。特に環境破壊は、温暖化がもたらす気候変動が象徴するように、長い目でみればリスクから無縁であり続けることができる場所は地球上のどこにもなく、将来の世代にまで危険の及ぶ恐れがあります。

〝かけがえのない尊厳〟の重みに思いをはせ、社会にとって最も大切なものは何か、皆で力を合わせて守るべきものは何かを見つめ直す――。そうした営為を通じてこそ、「持続可能性」への転換という文明論的課題も、一人一人が生活実感に根ざした等身大のテーマに置き換えて考えることができるようになるのではないでしょうか。

ゆえに「持続可能性」の追求も、可能な範囲で経済と環境のバランスをとることを模索するといった、政策的な調整にとどまるものであってはならないと強調したい。

あくまでその核心は、現在から未来の世代にいたるまでのあらゆる人々の尊厳と、地球の生態系のかけがえのなさ――つまり、「生命の尊厳」を何よりも大切にしていく社会を築くために、皆で共に行動する挑戦にあらねばならないと訴えたいのです。