2012年の環境提言

「地域」こそ課題に臨む意志と責任感育む足場

第4段
「地域」こそ課題に臨む意志と責任感育む足場

無力感を乗り越え現実と向き合う

ここで問われてくるのは、「同じ地球に生きる責任感」であり、「未来への責任感」に他なりません。

しかし実際には、世界各地で起きている悲惨な出来事や、地球生態系への深刻な脅威をニュースなどで見聞きし、心を痛め、何とかしたいと思っても、次々と起こるそうした出来事を前に、むしろ無力感を募らせてしまう場合が少なくないという現実があります。

ハーバード大学で文化人類学を共同研究してきたアーサー・クラインマン、ジョーン・クラインマン夫妻は、こう述べています。

「われわれの時代に蔓延している意識――われわれは複雑な問題を理解することも解決することもできないという意識――は、苦しみの映像の大規模なグローバル化とともに、精神的疲労、共感の枯渇、政治的絶望を生みだしているのである」(坂川雅子訳『他者の苦しみへの責任』みすず書房)

現代の高度情報社会の陥穽ともいうべき点を突いた鋭い指摘だと思います。

そのような無力感に自分を埋没させないためには、自らの行動の一つ一つが「確かな手応え」をもって現実変革に向けての前進として感じられる「足場」を持つ以外にありません。

私は、その足場となるものこそ、「地域」ではないかと考えるものです。

「同じ地球に生きる責任感」や「未来への責任感」が大切といっても、日常の生活実感を離れて一足飛びに身につけられるものではありません。顔の見える関係や身近な場所で築くことのできないものが、世界や未来といった次元で築けるはずがないのです。

責任感を意味する英語の「レスポンシビリティ」は、字義的な成り立ちを踏まえると「応答する力」という意味になります。

今、自分が人生の錨を下ろしている地域での出来事に対し、「応答する力」を粘り強く鍛え上げていく先に、「同じ地球に生きる責任感」や「未来への責任感」を培う道も開けてくるのではないでしょうか。

かつて私どもSGIが制作を支援し、10年前の南アフリカ共和国での国連環境開発サミットを機に発表された映画「静かなる革命」は、そのモデルともなる各地での民衆による活動に光を当てたものでした。

地球評議会が制作し、国連環境計画と国連開発計画が協力したこの映画は、インドのニーミ村の水資源改革、スロバキアのゼンプリンスカ湖の汚染防止、ケニアの砂漠化を防ぐ植樹運動を取り上げ、愛する地域や子どもたちの未来を守るために立ち上がった人々の挑戦のドラマを紹介する内容となっています。

SGIではこれまで55カ国・地域以上で上映を推進する中で、〝一人の人間には、世界を変えていく無限の力がある〟とのメッセージを発信してきました。

マータイ博士とイチジクの木

そこで私は、映画でも取り上げられていた、ケニアの環境運動家ワンガリ・マータイ博士によるグリーンベルト運動を手がかりに、地域に根差した民衆の運動が、どのように「未来への責任感」を一人一人の心の中に育んでいったかを浮き彫りにしてみたい。

昨年惜しくも逝去されたマータイ博士とお会いしたのは、2005年2月のことでした。

長年の功績をたたえる意義を込め、アメリカ創価大学に博士の名を冠する「イチジクの木」の記念植樹を提案すると、太陽のような周りを包み込む笑顔で喜んでくださったことが、懐かしく思い起こされます。

マータイ博士にとって「イチジクの木」は、故郷における〝かけがえのない尊厳〟を象徴するもので、植樹運動に身を投じる大きなきっかけとなったものでした。

アメリカ留学から帰国した後、家族に会うために故郷に立ち寄った博士は、わずか数年で実家の周りの自然が大きく変貌してしまったことに胸を痛めました。経済優先の風潮が強まり、商業用の耕作地を広げるために森の木々が伐採される中で、幼い頃、母親から神聖な存在として大切にするよう教えられた「イチジクの木」までもが切り倒されていたのです。

以来、周辺で地滑りが頻繁に起こるようになっただけでなく、きれいな飲み水の水源まで乏しくなった事実にも気づきました。

その後、環境悪化が引き起こす問題にケニアの多くの女性が日々苦しんでいることを知った博士が、「私たちの課題の解決策は、私たち自身のなかにある」(アンゲリーカ・U・ロイッター/アンネ・リュッファー『ピース・ウーマン』松野泰子・上浦倫人訳、英治出版)との信念で、自分の暮らす地域から始めたのがグリーンベルト運動だったのです。