2012年の環境提言

次代を担う青年たちへ 精神の着実な継承を!

第6段
次代を担う青年たちへ 精神の着実な継承を!

ロートブラット博士が託した思い

最後に第三の点は、若い世代への励ましと教育を大切にしながら、運動を永続的なものにするために心を砕いてきたことです。

あるインタビューで、マータイ博士が何かをやろうという時、「私は」ではなく「私たちは」との言い方を常にしてきたことを指摘された時、その理由について博士が語った言葉は、深く胸に残っています。

「私は、一人では何事も成し遂げられないことを肝に銘じています。とにかくチームワークなんです。一人でやってたら、自分が抜けた後は誰も引き継いでくれない、ということになりかねないのですから」(前掲『モッタイナイで地球は緑になる』)

確かに、運動を始めることは、一人でも可能かもしれない。しかし目標が大きければ大きいほど、それを成し遂げるためには、長い年月と多くの人々の協力が欠かせません。

私がこれまで地球的問題群の解決に取り組む世界のリーダーと語り合う中で、避けて通れない課題として浮かび上がってきたのも、いかに運動の精神を世代から世代へと継承させていくかという点でした。

核兵器と戦争の廃絶のために半生をささげた、パグウォッシュ会議のジョセフ・ロートブラット博士も、その一人です。

東西冷戦対立の厳しい時代から、国境を超えた科学者グループの精神的連帯を築き上げるために奔走されてきた博士は、70歳になった頃(1979年)、未来を見据えて、若い世代の科学者を対象に、スチューデント・ヤング・パグウォッシュという組織を結成しました。

かつて、「ラッセル=アインシュタイン宣言」が発表された時、最も若い署名者が博士でした。晩年、若い科学者たちが「私は、自分が受けた教育を、人類や環境を害すべく意図された、いかなる目的にも用いない」との宣誓の下に、運動の陣列に次々と加わっていく姿を目にした時、博士の胸に去来したものは何だったのか――。

同じく、師である戸田城聖第2代会長が発表した「原水爆禁止宣言」を胸に、若き日から核兵器廃絶を求める民衆の連帯を広げる努力を重ねてきた私にとって、近年、青年たちが「核兵器禁止条約」の制定を求める227万人もの署名を集めて国連に提出するなど、意欲的な活動に取り組んでいる姿ほど、心強く感じるものはありません。

7本から始まった植樹は今125億本に

マータイ博士も、各地の学校に育苗園をつくり、子どもたちが植樹に参加できるように働きかけたほか、グリーンベルト運動を通して若い世代が環境保護に取り組むことを支援していました。博士はそうした若い世代への期待を、未来への確信と重ね合わせるように、こう綴っています。

「どんなに暗雲が垂れこめていようとも、必ずうっすらと差し込む希望の光があるもので、これこそ私たちが探し求めなければならないものだ。そう、私はずっと信じてきた。私たちの代でかなわなくとも、次世代、あるいはさらに次の世代に、希望の光が差してくることを。そしておそらくその世代になれば、もはや光はうっすらとしたものではなくなっているだろう」(前掲『UNBOWED へこたれない』)

歴史を振り返れば、マータイ博士がグリーンベルト運動の淵源となる7本の木を、仲間たちと共にナイロビ郊外のカムクンジ公園に植えたのは、35年前のきょう6月5日でした。

以来、植樹運動の輪がケニアの各地で広がり、アフリカ各国にも大きな波動を及ぼす中で、4000万本もの植樹へとつながった。そして2006年からは、国連環境計画などに協力する形で博士らが植樹キャンペーンを呼びかけた結果、現在まで世界全体で125億本を超える植樹が成し遂げられるまでにいたったのです。

そして博士が逝去した後も、その数は増加の一途をたどっている……。

これは、決して奇跡などではありません。〝身の回りで起きている危機を何とかしたい〟と立ち上がった博士たちの強い思いが、幅広い共感を得る中で、世界の大勢の人々の心を動かし、積み上げられてきた成果に他ならないのです。

私たちは、こうしたマータイ博士の実践から学びつつ、あらゆる分野において持続可能な地球社会への大道を開く挑戦を、力を合わせて本格的に進めていこうではありませんか。