2012年の環境提言

郷土で日々培う「共生の生命感覚」が世界市民意識を大きく育む源泉に

第11段
郷土で日々培う「共生の生命感覚」が世界市民意識を大きく育む源泉に

100年前に郷土科を提唱した牧口会長

確かにそれは容易ならざる挑戦でしょう。しかし、挑戦を前に進ませる鍵は、先に触れたマータイ博士の実践が示す通り、「地域」を足場にした教育にあると、私は確信しています。

博士は、こんな含蓄に富む言葉を残しています。

「教育というものに意味があるとしたら、人を土地から引き離すのではなく、土地に対してより多くの敬意をもつように教え込むものであるべきだ。なぜならば、教育を受けた人は、失われつつあるものがわかる立場にあるのだから」(小池百合子訳『UNBOWED へこたれない』小学館)

こうした自分たちが暮らす土地に根差した教育の大切さを、100年前に訴えていたのが、人間教育の実践と探究に生涯をささげた牧口初代会長でした。

「地を離れて人無く人を離れて事無し」との思想を背景としながら、あらゆる学科の中心軸――いわゆるコア・カリキュラムに、子どもたちが実際に生活している地域の風土や営みを〝生きた教材〟として学ぶ「郷土科」を据えることを提唱したのであります。

それは、山や川がもたらす地理的な影響や、森や海の生きものとの生態的なつながりを概論的に学び、自然一般についての知識を広げるような「博物科等の材料の如き、自由に一つ一つ持ち運びのできる孤立的のもの」(以下、『牧口常三郎全集第3巻』第三文明社、現代表記に改めた)を習得することを念頭に置いてはいません。

「郷土における自然界、人事界の複雑多方面なる勢力、関係に影響せられて吾らが生長発育せしものなることを明瞭に自覚するように、四周の天然人為の森羅万象を観察せしめ、その各事物、相互間における美妙なる関係を認識」することで、土地と人間の切っても切れない絆を日々の生活に基づいて実感として学び、自己の存在基盤をなす〝かけがえのないもの〟として郷土を大切に思う心を育む中で、有形無形の恩に対する思いを自身の行動に還元していく生き方を促すことを目指したものです。

牧口初代会長はすでに『人生地理学』の段階で、「慈愛、好意、友誼、親切、真摯、質朴等の高尚なる心情の涵養は郷里を外にして容易に得べからざることや」と指摘する一方で、「人間が他日大社会に出でて、開かるべき智徳の大要は実にこの小世界に網羅しつくせり。もし能く精細に周囲の事物を観察せんか、他日世界を了解すべき原理はここに確定せらるべし」(以下、『牧口常三郎全集第1巻』第三文明社、現代表記に改めた)と強調し、広く社会や世界を動かしているさまざまな原理が身近な姿を通して展開される集約的な場として、郷土を位置付けていました。

この認識に基づいて提唱された郷土科は、郷土と自分との交わりを通じて培った「共生の生命感覚」を基礎に、良き郷土民として生きるだけでなく、その延長線上において、広く社会のため、国家のため、さらには人類のために貢献する生き方の萌芽を育むことまで射程に入れた教育に他ならなかったのです。

牧口初代会長は郷土を、生まれ故郷としての概念に狭めることなく、自分が暮らし、歩き、さまざまな出来事を直接見聞きし、その一つ一つに胸が動かされる場所――いわば、今現在の生活の立脚点となっている「地域」の意味として幅広く捉えていました。

この郷土民としての自覚が、「生命を世界に懸け、世界をわが家となし、万国を吾人の活動区域となしつつあることを知る」という世界市民意識の礎になると考えていたのです。

「地域」を舞台に生涯学習を推進

こうした牧口初代会長の洞察を踏まえ、私は、ESDの10年から新たな枠組みへと続く活動の中で、「地域」を足場にした教育を進めるために、今後ますます重要になると思われる三つの観点を提起したい。

一、地域の風土や歴史を知識として学ぶだけでなく、そこで育まれてきた郷土を愛し大切に思う心を受け継ぐための教育。

一、地域の人々の生産や経済活動を含め、自分を取り巻く環境がもたらす恩恵を胸に刻み、その感謝の思いを日々の行動に還元することを促す教育。

一、これから生まれてくる世代のために何を守り、どんな社会を築けばよいのか、地域の課題として共に考え、自身の生き方の柱に据えていくための教育。

この取り組みを学校教育の場で進めるだけでなく、あらゆる世代や立場の人たちを含める形で「地域を舞台に共に学び合う機会」を社会で積極的に設けることが必要でしょう。

それがそのまま、地域全体を巻き込む形で、さまざまな人々の思いを共有し合う場となり、世代から世代へと思いを受け継がせていく「生涯学習」の場になっていくと思うのです。

また、子どもたちが主役となって地域の自然環境を守り、持続可能な地域づくりを進める活動を定期的に行う中で、大人の目線では見過ごされがちな課題や問題点を洗い出し、率直な指摘や改善のための提案を行う場を設けることも有益ではないでしょうか。

マータイ博士が、幼い頃から故郷のシンボルとして大事にしてきたイチジクの木が失われてしまったことを契機に、地域が直面している危機を鋭く感じ取ったように、さまざまな脅威が最悪の状況にいたる前の〝わずかな変化の兆し〟に気付くことができ、その進行を押しとどめるために人々が協力して立ち上がることのできる最前線が「地域」に他なりません。

グローバルな危機も元をたどっていけば、各地で起こった問題が負の連鎖を起こし、深刻さを増す中で、いつのまにか手に負えない猛威と化してきた側面があります。その一方で、グローバルな危機を放置しておけば、新たな問題や脅威が地域にふりかかってくる恐れも十分にあるのです。

であるならば、わずかな変化や問題の兆候が表れやすい地域で、一人一人がその意味を敏感に感じ取り、心の痛みを決意に変えて、できることから行動を始めていく。そして、共々に地域の〝防風林〟としての役割を担い、また、地域同士で横の連帯を広げてグローバルな脅威の拡大に歯止めをかけつつ、持続可能な地球社会の大道を開く地域づくりを、一つまた一つと堅実に推し進めていこうではありませんか。