2009年の核廃絶提言

正念場となるNPT(核拡散防止条約)再検討会議

第2段
正念場となるNPT(核拡散防止条約)再検討会議

危機が増す中で見え始めた動き

以来、核兵器が対峙する時代に突入してから60年が経ちますが、アインシュタイン博士の警告への抜本的な対応はなされていません。むしろ、危機の度を増している。

冷戦の終結以降、世界規模での核戦争の脅威は薄れつつあります。しかし、核拡散が進んだ結果、今や核兵器を保有する国は、核拡散防止条約(NPT)が発効した時点と比べて、倍近くに達しようとしています。

いまだ世界に核兵器が25,000発も存在すると言われる一方で、闇市場を通じて製造技術や核物質が流出し、核兵器を用いたテロという想像を絶するような新しい形の脅威を懸念する声も高まっています。

こうした中、アメリカのオバマ大統領が今年4月にチェコのプラハでの演説で、核兵器を使用したことがある唯一の核保有国としての「道義的責任」に言及しつつ、「核兵器のない世界」に向けて先頭に立つ決意を表明しました。

そして、ロシアのメドベージェフ大統領と2度にわたって首脳会談を行い、第1次戦略兵器削減条約(START1)に続く新しい核軍縮条約の枠組みに合意しました。

その後、7月にイタリアのラクイラで開催されたG8サミット(主要国首脳会議)で、「核兵器のない世界のための状況をつくること」を約束する首脳声明が発表されました。

更に、今月24日には、国連安全保障理事会の「核不拡散と核軍縮に関する首脳級会合」が予定されるなど、これまでにない動きが次第に見られるようになっています。

これらの一連の動きが、果たして本当に、時代転換への新たな潮流を生み出すことにつながるのかどうか――。その正念場となるのが、来年5月に開催されるNPTの再検討会議でありましょう。

前回の2005年のNPT再検討会議では、核軍縮の優先的な対応を求める主張と、核拡散防止の優先を求める主張が対立し、残念ながら、成果を得られないまま閉幕しました。

その轍を踏まぬよう、今年のジュネーブ軍縮会議においてカットオフ条約(兵器用核分裂性物質生産禁止条約)の交渉開始がようやく決定するなど、歩み寄りの兆しは見え始めてはいます。

しかし、世界を覆う核時代の暗雲は、表面的なムードの変化だけで打ち払えるものではありません。

“核兵器の存在が、どれだけ世界を不安定にし、人類を脅威にさらしているのか”との、政治や軍事上の利害を超えた根源的な問い直しが、絶対に避けて通れないと思うのです。

トインビー博士が呼びかけた心構え

そこで私が提起したいのは、歴史家のトインビー博士の言葉です。

博士が大著『歴史の研究』(長谷川松治訳『トインビー著作集2』所収、社会思想社)で、「われわれのどうしても回避することのできない挑戦」として、人類に等しく応戦を呼びかけたのが、核兵器の問題でした。

私との対談でも、核兵器の保有を拒否する「自ら課した拒否権」を世界全体で確立しなければならないと、遺言のように訴えていたことが忘れられません(『二十一世紀への対話』、『池田大作全集第3巻』所収)。

博士は、人類がその応戦に臨む心構えについて、次のように述べられていたことがあります。

「私たちに深く浸透した習慣と革命的に訣別したり、慣れ親しんできた制度を放棄する辛さには感情的な抵抗があるだろうが、それは自己教育によって乗り越えなければならない。核時代においてはそれは力では破れない。ゴルディウスの結び目は剣で一刀両断に断ち切られる代りに辛抱強く指でほどかれなければならないのである」(『現代が受けている挑戦』吉田健一訳)

これまで、核戦争の惨事は何とか避けられてきました。しかし今、核兵器をめぐる不安定要素が増す中で、核兵器を保有するすべての国と、核兵器に安全保障を依存する国々の指導者たちは、以下の自問を行うことが求められているのではないでしょうか。

「核兵器は本当に必要なものなのか。なぜ持ち続けなければならないのか」

「なぜ他国の核保有は問題で、自国の核保有は問題ないと言い切れるのか」

「今後も、人類には核兵器の脅威の下で生きる選択肢しかないのか」と。