2009年の核廃絶提言

北東アジアの平和構築へ「核不使用宣言地域」を設置

第10段
北東アジアの平和構築へ「核不使用宣言地域」を設置

64年で1度も使用されなかった重み

第4は、各国が安全保障上の核兵器の役割縮小に積極的に取り組み、「核兵器に依存しない安全保障」への移行をグローバルな規模で進めることです。

冷戦時代の考え方に終止符を打つために、安全保障戦略における核兵器の役割を縮小し、他国にも同様の措置を取ることを促したオバマ大統領が、最後まで考慮しなければならない事例としてあげたのは、自国や同盟国の生存を脅かす脅威への対応でした。

しかし、この問題を考える上で忘れてはならないのは、広島と長崎への原爆投下がもたらした惨劇を前に、64年にわたって、どの国も、どの指導者も、核兵器を1度も使用できなかったという事実です。道義的な理由をはじめ、さまざまな理由があるとしても、「核使用の敷居」が相当高くなり、今や軍事的手段としては“ほぼ使用できない兵器”であるとの認識が定着しつつある側面は見過ごすことはできません。

あえて私見を恐れずに言えば、核使用のブレーキとなってきたのは、抑止力そのものよりも、核使用に踏み出すことへの決断の重みではなかったか。実際、核の傘に依存してこなかった大半の国々も、核攻撃の対象となることはありませんでした。地域の緊張緩和や非核兵器地帯の設置に取り組む中で、自らの手で核兵器の使用を許さない状況をつくり出す努力を続けてきたのです。

ゆえに、核抑止の最後の関門についても、懸念される脅威を解消することが先決で、「核兵器による対抗」が問題の本質ではないことを、しっかりと見きわめる必要があります。

そして何より、核兵器を安全保障の手段から取り除くことは、軍縮義務を定めたNPT第6条の対象が保有国だけに限られていないように、すべての締約国に等しく課された義務であることを、常に念頭に置かねばなりません。

かりに保有国が「核兵器の役割縮小」を通じて大幅な軍縮を図ろうとしても、同盟国が核の傘の継続や強化を望む限り、実行に移すのは難しくなります。

その場合、結果的に、NPTの精神に反することにもなりかねず、そのことを深く考慮した上でもなお、核の傘を維持することが、安全保障上の死活的要素といえるのか――。私は10年前に行った提言でも、同様の問題提起をしましたが、今こそ、保有国と同盟国が協議を重ね、緊張緩和策をはじめとする総合的な代替案を真剣に探る必要があると思うのです。

「核兵器に依存する安全保障」の見直しを求める声は、東西冷戦対立の最前線だったドイツでもあがり始めています。今年1月には、ヴァイツゼッカー元大統領やゲンシャー元外相ら4人が、シュルツ氏らの提言に呼応する形で声明を発表しました。

とくに注目されるのは、「対決の時代の残滓は、我々の新世紀にあっては、もはや不適切である」として、保有国に核兵器の先制不使用に関する条約の締結を早急に求めると同時に、ドイツに配備されたアメリカの核弾頭の撤去を呼びかけた点です(ピースデポ「核兵器・核実験モニター」第321号)。

私は、冷戦的思考が今なお払拭できず、北朝鮮の核問題が膠着している北東アジアでも、日米両国が決然たる意思を示すことで時代転換の波は十分起こせると確信しています。

以前、ケネディ大統領のブレーンなども務めた経済学者のガルブレイス博士と対談した際、日米両国が有する特別な責任について、博士がこう語っていたことが思い出されます。

「核兵器を使用することの意味や結果を知っているのは、日本だけです。これは、日本とアメリカにとって特別な責任であると言えるかもしれません。世界で、この二つの国だけが、核兵器を使用した戦争を経験しているからです。日米両国は、人類が再び核兵器による大量虐殺を起こさないよう、先頭に立って努力しなければいけません」(『人間主義の大世紀を』、潮出版社)と。

先ほども紹介したように、SGIでは、広島と長崎の被爆体験の証言DVDの上映を進め、証言映像のインターネット上での公開もしています。

「生き残った私がね、何をすることがあるかしらと思ったんです。そうした時に、このね、核のね、この悲惨さと、人間が人間を殺し合う愚かさをね、二度とやっちゃいけないって、これを伝えていく役目が私にあるために、私は今、生きているんじゃないかなと思うんです」(広島で被爆した女性)

こうした証言を通し、胸に迫ってくるのは、“自分たちが受けた苦しみを、これ以上、誰にも体験させたくない”との、やむにやまれぬ思いです。

被爆国として日本が、「ノーモア・ヒロシマ」「ノーモア・ナガサキ」を訴える立脚点もそこにあるべきです。

その日本が、核武装を検討したり、非核三原則を見直すようなことは道義的に許されないはずです。

ゆえに日本は、今後も非核三原則を堅持するとともに、「永遠に核兵器を保有しない」との方針を明確に宣言することを、一日も早く望みたい。

その上で私は、日米が協力して、北朝鮮の核問題を含む北東アジアの平和構築に臨み、6カ国協議の国々で「核不使用宣言地域」の設置を目指すべきではないかと思うのです。

長年、私は「北東アジア非核地帯」の設置を主張してきましたが、実現を難しくしている原因は、6カ国すべてが、核を保有、もしくは核の傘の下にあるという他の地域には見られない特異な構造にあります。

現在の膠着状況を打開するためにも、まず、「互いを核攻撃せず、大量破壊兵器に関する脅威を高める行為を行わないこと」を制度化することが重要ではないかと思うのです。

この6カ国では、すべての国が生物兵器禁止条約に加入しており、化学兵器禁止条約も北朝鮮を除く5カ国が加入しています。

そこで、北朝鮮に同条約への加入と、4年前に6カ国協議の共同声明で約束した「すべての核兵器及び既存の核計画の放棄」の実行を求めると同時に、他の国々は「核兵器の不使用」の誓約とその支持を表明し、次のステップを目指すべきではないでしょうか。

もしこれが軌道に乗れば、いまだ非核兵器地帯が形成されていない南アジアや中東などの空白地域でも、事態の改善を図る際に参考とすべき一つの事例になるに違いありません。

北東アジアでの対立構造を転換し、“どの国の人々であろうと核兵器の犠牲者としてはならない”との理念をグローバルに広げつつ、「核兵器のない世界」への挑戦の先頭に立つことこそ、21世紀における日米両国のパートナーシップの機軸に据えるべきだと、私は訴えたいのです。