1957年(昭和32年)横浜で行われた創価学会青年部の体育大会の席上、戸田城(じょう)聖(せい)が「遺訓とすべき第一のもの」として発表。核兵器を絶対悪であると断じ、その廃絶を呼びかけた。当時、米ソを中心とする大国は、核兵器の開発と実験をエスカレートさせていた。