2012年のSGI提言

一人一人が「生きる希望」取り戻せるよう 社会全体で「人生の復興」を支援

第2段
一人一人が「生きる希望」取り戻せるよう
社会全体で「人生の復興」を支援

生きがいの喪失

さらに災害は、多くの人々の仕事や生きがいを奪い、〝尊厳ある生〟の土台を突き崩します。

私は現在、シドニー平和財団のスチュアート・リース理事長と「正義に基づく平和」をテーマに連載対談を行っています。その中で、人間の尊厳を損なう脅威という面から見過ごすことのできないものとして、失業の問題が焦点となりました(「平和の哲学と詩心を語る」、「第三文明」2012年2月号)。

リース理事長は、失業は単なる経済的な問題にとどまらず、人々の目的観や自己実現の機会を奪い去るものであるとし、その理由を自著の言葉を通じて、こう強調していました。

「労働から生じるそれ自体価値のある深遠な人間的感覚、すなわち何かを達成する満足を感じながら、もしくは社会に貢献しながら自身の生計を立てるという人間的感覚を否定」されることになる、と(川原紀美雄監訳『超市場化の時代』法律文化社)。

2年前に逝去した世界的な免疫学者の多田富雄氏は、67歳の時に突然の病気に襲われ、やりかけていた多くの仕事を断念しなければならなくなりました。

その時の衝撃を、後に氏はこう述べています。

「あの日を境にしてすべてが変わってしまった。私の人生も、生きる目的も、喜びも、悲しみも、みんなその前とは違ってしまった」「考えているうちにたまらない喪失感に襲われた。それは耐えられぬほど私の身を噛んだ。もうすべてを諦めなければならない」(『寡黙なる巨人』集英社)

人間にとって仕事とは本来、自分が社会から必要とされている証しであり、たとえ目立たなくても自分にしかできない役割を、日々、堅実に果たすことで得られる誇りや生きる充実感の源泉となるものです。

まして、災害によって家や財産の多くを失い、過酷な避難生活を強いられた上に、仕事を失うことは、生活を再建するための経済的な命綱が断たれるのと同時に、前に進む力の源泉となる生きがいを失わせ、復興への精神的な足がかりまで突き崩される事態につながりかねません。

だからこそ、被災した方々が少しでも生きる希望を取り戻せるよう、住む場所や仕事の変更を余儀なくされた人たちが〝心の落ち着く場所〟を新たに得られるよう、そして「心の復興」「人生の復興」を成し遂げることができるよう、支え続けていくことが、同じ社会に生きる私たちに求められているのです。

トインビー博士の透徹した歴史眼

実のところ、こうした悲劇は災害に限らず、さまざまな地球的問題群によって多くの人々の身に押し寄せるものに他なりません。

では、悲劇の拡大を食い止め、地球上から悲惨の二字をなくすためには、いかなるビジョンが求められ、いかなるアプローチが必要となってくるのか――。

「手の届くところにあって、未来を照らしてくれる唯一の光は、過去の経験である」との言葉を残したのは、20世紀を代表する歴史家アーノルド・J・トインビー博士でした。

博士の招聘を受けてロンドンのご自宅を訪問し、人類の未来を展望する対話を行ってから今年で40年になりますが、対話や著作を通じて博士がよく強調されていたのが「歴史の教訓」という言葉でした。

博士が、その歴史観の基底部に流れる「すべての文明の哲学的同時性」(深瀬基寛訳『試練に立つ文明』社会思想社)について考察するようになったきっかけは、第1次世界大戦の勃発直後、紀元前5世紀のペロポネソス戦争について当時の歴史家ツキディデスが記した本を、学生に講釈している時に突然脳裏によぎった感覚に根ざすものだったといいます。

博士は述懐しています。

「わたくしたちの経験していることが古代ギリシアの内乱のはじめのころのツキュディデスの歴史そっくりだということに、急に気がついた。彼の時代と現代とが二千三百年もへだたっていることはすこしもさしつかえないのだ。彼の歴史はわたくしたちの目の前にくりかえされようとしているのだった」(蝋山政道責任編集『世界の名著73 トインビー』中央公論社)

徹した歴史眼をもって何千年もの歴史から教訓を汲み取り、現代世界への警告を怠らなかった博士が、私との対談集で、「人類の生存を脅かしている現代の諸悪に対して、われわれは敗北主義的あるいは受動的であってはならず、また超然と無関心を決めこんでいてもなりません」(『二十一世紀への対話』、『池田大作全集第3巻』所収)と語られた言葉が忘れられません。