2012年のSGI提言

「同苦の心」「連帯の心」こそ 人間の安全保障の精神的基盤

第4段
「同苦の心」「連帯の心」こそ
人間の安全保障の精神的基盤

世界市民の自覚と持続可能性の視点

次に、第2の視座として提起したいのは、「一身の安堵を思わば先ず四表の静謐を祷らん者か」(御書31ページ)とあるように、〝自分だけの幸福や安全もなければ、他人だけの不幸や危険もない〟との生命感覚に基づいた世界観の確立を訴えていることです。

地球温暖化の問題に象徴されるように、相互依存の深まる世界にあって、特定の地域に深刻な脅威を及ぼしている現象であっても、やがてグローバルな脅威として猛威を振るう危険性は大いにあります。

また、現在直面している脅威の影響が比較的小さいからといって、手をこまねいたままでいると、これから生まれてくる世代にとって、取り返しのつかない事態を招きかねません。

こうした脅威の空間的・時間的な連関性については、国連の潘基文事務総長の報告書でも、「個人と共同体に対する、特異な一連の脅威が、広範な国内と国家間の安全保障の破壊へと移ることを理解することによって、人間の安全保障は将来の脅威の発生を予防し緩和しよう」とする、と記されています(国連広報センターのホームページ)。

ここに、「立正安国論」で示された、「四表の静謐」(社会全体の安穏)が訪れない限り、「一身の安堵」(個々人の安心)は本当の意味で得られないとの視座が重要となってくる所以がある。

仏法の縁起思想に立脚したこの視座は、私が度々触れてきた哲学者オルテガ・イ・ガセットの「私は、私と私の環境である。そしてもしこの環境を救わないなら、私をも救えない」とのテーゼ(命題)と、同じ志向性を持つものです。

そのオルテガがテーゼを示した後に記したのは、「現象を救え」「われわれの周囲にあるものの意味をさぐれ」との言葉でした(A・マタイス/佐々木孝共訳『ドン・キホーテに関する思索』現代思潮社)。

世界各地で災害が起こった時、多くの国から真心の支援や励ましの声が寄せられますが、こうした「同苦の心」「連帯の心」が、どれだけ被災者の心を明るくし、勇気づけるか計り知れません。

「一切衆生の異の苦を受くるは悉く是れ日蓮一人の苦なるべし」(御書758ページ)と叫ばれた大聖人が、「立正安国論」を通して打ち出されたのも、現実社会で苦しみに直面している人々の心に共振して、わが身を震わせつつ、人々の苦しみが取り除かれることを願い、行動しようとする人間の生き方でした。

そして、立正安国の「国」や、「四表」の意味するところも、大聖人の御書に「一閻浮提」や「尽未来際」といった言葉が何度も記されているように、広く〝世界〟を包含するものであると同時に、はるか〝未来〟をも志向していたものだったのです。

その二つのベクトル(方向性)を今様に表現するならば、「世界のどの地で起こる悲劇も決して看過しない生き方」であり、「将来世代に負の遺産を断じて引き継がせない生き方」だといえましょう。前者には「世界市民としての自覚」、後者には「持続可能性に基づく責任感」に通じる精神が脈打っています。

同じ地球に生き、環境を子どもたちに引き継いでいかねばならない私たちは、この横と縦に広がる二つの生命の連鎖を意識し、行動する必要があります。