2012年のSGI提言

苦悩を分かち合う絆が 希望の明日を開く源泉

第7段
苦悩を分かち合う絆が
希望の明日を開く源泉

子どもや孫たちのために私は歩く

このテーマを考える時に浮かんでくるのは、かつてキング博士が自著で紹介していた、バス・ボイコット運動に参加した一人の年配の女性の話です。

――人種差別が横行するバスに乗車することを拒否し、懸命に歩き続ける女性の姿を見て、心配した自動車の運転手が車を止めて、「おばあさん、おのりなさい。歩くには及びません」と声をかけた。しかし彼女は手を振って、こう断ったというのです。

「わたしはわたし自身のために歩いているのではありません」「わたしは子供や孫のために歩いているのです」(雪山慶正訳『自由への大いなる歩み』岩波書店)と。

たとえ災害によって身も心も傷ついていたとしても、愛する家族や仲間のために、また目の前で苦しんでいる人たちのために、自分ができることをしたいと思い、行動しようとする人は少なくないはずです。

仏法では、どんな状況に置かれた人であっても〝他の人々を救う存在〟になることができると強調するとともに、最も苦しんだ人こそが一番幸せになる権利があると説きます。

仏典には、「宝塔即一切衆生」(御書797ページ)とあります。「法華経」に説かれる宇宙大にして荘厳なる宝塔とは、全ての人々の本来の姿に他ならないとの仰せです。その本有の尊厳に目覚めた人は「心を壊る能わず」(同65ページ)で、どんな脅威が襲いかかり、試練に見舞われようと尊厳を壊されることは絶対にない。

この確信で立ち上がった一人が、苦しみに沈む人たちと手を取り合い、ともに再起を期して新たな一歩を踏み出す。その輪が一人また一人と広がり、尊い生命の宝塔が林立していく中で、地域の復興も本格的な軌道に乗っていく――と、私どもは信じ、実践しているのです。

マータイ博士が運動にかけた信念

近年発生した世界各地の災害において、現地の行政機能が損なわれる中、大きな役割を果たしてきたのが、地域に根ざした〝助け合いや支え合いの輪〟であり、さまざまな立場の人たちが参加して行われたボランティア活動であり、多くの国々から寄せられた支援や励ましでした。

「突然襲いくる困窮の危険」に対する社会のセーフティーネット(安全網)を強固にするためには、災害時に示されてきたような、苦しんでいる人々とともに歩もうとする気風を常日頃から社会全体で高めつつ、支え合いや助け合いの絆をどのように積み上げていくかが課題になります。

災害とは分野が異なりますが、民衆自身の力で環境を守る運動を、ケニアをはじめアフリカ各地で広げ、昨年亡くなられたワンガリ・マータイ博士の言葉が忘れられません。

植樹運動を進めていく中で何度も妨害され、せっかく植えた木を傷つけられても、「木々は、私たちと同じく生き抜いた。雨が降り、太陽が輝くと、木々はいつのまにか空に向かって若葉や新芽を伸ばすのだ」と、博士は不屈の心で立ち上がりました。

そして、自らの運動を振り返り、「民衆のために何かしてあげたい」といった気持ちではなく、「民衆とともに汗する」ことに徹したからこそ、地域の人々の力を引き出すことができたと、信念を語られていたのです(福岡伸一訳『モッタイナイで地球は緑になる』木楽舎)。

ここに、民衆自身が巻き起こすエンパワーメントの連環が、どんな絶望の闇も打ち払い、希望の未来への旭日を立ち昇らせゆくための要諦があるのではないでしょうか。