2012年のSGI提言

青年の情熱と信念を柱に グローバルな意思を結集

第13段
青年の情熱と信念を柱に
グローバルな意思を結集

生命に対する権利への重大な侵害

以上、それぞれの動きは単独で局面を打開するほどの力には達しないかもしれませんが、「核兵器のない世界」を求める声は、一歩また一歩と、押し戻せないところまで着実に前進してきたのであります。

これまで市民社会の主導で条約のモデル案がつくられ、交渉を求める活動や署名がさまざまな形で行われてきたように、まさにNWCの規範の源泉となる精神は、民衆の中で脈打ってきたものに他なりません。

ゆえに、「核兵器による悲劇は二度と繰り返されてはならない」「人類と核兵器は共存できない」といった、すでに民衆の間に存在し息づいている規範意識をベースに、条約という形をもって具体的な輪郭を帯びさせ、人類の共通規範として明確に打ち立てる作業こそが、今まさに求められているのです。

大切なのは、NWCの実現に向けてカスケード現象を巻き起こすための、あともう一押しの力を結集していくことです。

私はそのために、従来の国際人道法の精神に加えて、「人権」と「持続可能性」を、グローバルな民衆の意思を結集するための旗印に掲げ、青年たちを先頭に「核兵器のない世界」を求める声を力強く糾合することを呼びかけたい。

なぜなら、「人権」と「持続可能性」の観点に立てば、核兵器使用の事態が生じるか否かにかかわらず、核兵器が存在し続け、核兵器に基づく安全保障政策が維持されることで、同じ地球で暮らす多くの人々や将来世代にもたらされる被害と負荷の問題が浮き彫りになり、関心を高めることができるからです。

世界における人権保障の柱となっている条約の一つに「市民的及び政治的権利に関する国際規約」があります。1984年に、その実施を監視する規約人権委員会で、次のような一般的意見が表明されたことがありました。

「核兵器の設計、実験、製造、保有および配備が、生命に対する権利にとって、こんにちの人類の直面する最大の脅威の中に入ることは明白である」

「その存在自体と脅威の重大さにより、国家間に猜疑心と恐怖の雰囲気が醸成されるのであり、このこと自体が、国連憲章および国際人権規約に基づく人権と基本的自由に対する普遍的な尊重と遵守の促進に対して敵対するものなのである」(浦田賢治編著『核不拡散から核廃絶へ』憲法学舎/日本評論社)

つまり、核兵器が存在する限り、相手を強大な軍事力で威嚇しようとする衝動が生き続け、それが多くの国々に不安や恐怖をもたらすということです。

事実、その威嚇の悪循環が、どれだけの核兵器の拡散を招き、どれだけの軍備拡張をもたらし、世界をどれだけ不安定にさせてきたか計り知れません。

脅威が不安を呼び、その不安が軍拡を招き、脅威がさらに増す――まさに負のスパイラル(連鎖)しか生まない核兵器や軍備拡張のために使われてきた膨大な予算や資源が、人々の生存・生活・尊厳を守るために使われるようになれば、どれほど世界で貧困の克服や教育の拡充が進んだかわからないのです。

戦争と核兵器の廃絶を訴えた「ラッセル=アインシュタイン宣言」の起草者である哲学者のラッセルが、「私たちの世界は異様な安全保障の概念と歪んだモラルを生み出してしまった。兵器を財宝のように保護する一方で、子どもたちを戦火の危険にさらしている」と指弾した転倒が、いまだ世界で横行しています。

こうした非道で冷酷というほかない状況を打破することの必要性は、私が2年前の提言で、国連憲章第26条の精神を具現化していく「人道的活動としての軍縮」を呼びかけた際に強調した点でもありました。

加えて赤十字国際委員会のヤコブ・ケレンベルガー総裁が「破壊力、それがもたらす筆舌に尽くしがたい被害、その効果が時間的、空間的に制御不可能であり拡大してゆくこと、環境、将来の世代、そして人類の生存そのものへの脅威となること。それが核兵器の特質」(前掲『イアブック「核軍縮・平和2011」』)と述べ、非人道性と並んで持続可能性の面からも警告し、国際赤十字・赤新月運動の昨年の代表者会議でも核兵器の廃絶を求める決議を行ったことを、核保有国は真剣に受け止めるべきでしょう。

世界には今なお2万発以上もの核兵器が存在していますが、地球上の全ての人々とその子孫に危害を及ぼし、地球上の生態系を破壊してなお何十倍、何百倍も余りある兵器を保有し続けてまで守ろうとするものは一体何なのか――。仮に自国民の一部が生き残ったとして、そこに〝未来〟という文字がないことは明らかではないでしょうか。