2012年のSGI提言

各国首脳は広島・長崎を訪問し 脅威が対峙する世界から脱却へ

第14段
各国首脳は広島・長崎を訪問し
脅威が対峙する世界から脱却へ

有志国とNGOで行動グループを!

このように国際人道法の精神に加えて、「人権」や「持続可能性」という、同じ地球で暮らす以上は無関係では済まされない観点から問題提起することは、「核兵器のない世界」を目指す運動の裾野を大きく広げることになる。特に保有国や、その〝核の傘〟に依存してきた国の人々に対し、従来の政策を今後も続けることは「人権」と「持続可能性」に対する重大な侵害であるとの意識転換を促すことにつながることが期待されましょう。

そのことを踏まえ、私がNWCを実現するための一つの方途として提案したいのは、基本条約と議定書をセットにする形で核兵器の禁止と廃絶を追求するアプローチです。

つまり、「『核兵器のない世界』の建設は人類共同の事業であり、国際人道法と人権と持続可能性の精神に照らして、その建設に逆行する行為や、理念を損なう行為をしない」との合意を基本条約の柱とし、製造と開発の禁止や、使用と威嚇の禁止などの徹底、廃棄と検証に関する取り決めについては、それぞれの議定書の締結を通して段階的に進めていく方式です。

その眼目は、全ての国が安心と安全を確保できるような〝人類共同の事業〟としての枠組みを打ち立てることにあります。

こうした位置付けをすることで、条約を、各国が現在の立場の違いを超えて、「核兵器のない世界」という共通目標に向かって共に前進するための足場としていくことができるのではないか。また、条約に加盟した国々が共通目標に鑑みて、脅威を角突き合わせるのではなく、互いに脅威をなくしていこうとする道が開けましょう。

そうした〝脅威から安心への構造転換〟を基本設計とする条約が成立すれば、次の段階となる議定書の発効が多少遅れたとしても、現在のような先行き不透明で脅威が野放図に拡散していく世界ではなく、明確な全体像に基づいた国際法によるモラトリアム(自発的停止)の状態が形成されていくのではないか。

そのための準備を早急に開始することが必要であり、今年か来年のうちに、有志国とNGOが中心となって「核兵器禁止条約のための行動グループ」(仮称)を発足させることを呼びかけたい。SGIとしても、積極的に関わっていきたいと思います。

そして、基本条約の原案や議定書の構造設計の検討を進める一方、青年たちの情熱と信念の力をエネルギーの源としながら国際世論を喚起し、グローバルな民衆の連帯を強め、賛同国の拡大の後押しをする中で、2015年までに核兵器の禁止と廃絶に向けた基本条約の調印、もしくは最終草案の発表を広島・長崎で行うことを提案したい。

被爆地に立って胸に刻まれるもの

私は以前から、原爆投下から70年にあたる2015年に、各国の首脳や市民社会の代表が参加して、核時代に終止符を打つ意義を込めた「核廃絶サミット」を広島と長崎で行うことを提案してきました。

また、その一つの方式として、NPT再検討会議の広島・長崎での開催も呼びかけてきました。

NPT再検討会議は通常、ニューヨークやジュネーブで開催されてきただけに他の場所での開催は困難が伴うと思いますが、「核廃絶サミット」にせよ、NPT再検討会議にせよ、私が被爆地での開催を念願してきたのは、各国首脳をはじめとする会議の参加者が訪問を通じて「核兵器のない世界」への誓いを新たにすることが、核問題解決の取り組みを〝不可逆で揺るぎないもの〟にしていくと信じるからです。

ここ数年、「核兵器のない世界」に向けた提言を、ヘンリー・キッシンジャー博士らとともに続けてきたウィリアム・ペリー元米国防長官は、広島の原爆ドームや平和記念資料館をつぶさに見て回った感想を、こう綴っております。

「目の前に広がる被爆地の地獄絵図を見て、私の心は締めつけられた。もちろん、それまでにも核兵器の恐ろしさは十分理解していたつもりではいた。だが、それが実際にもたらした悲惨な現実を眼前に突きつけられ、私は改めて核爆弾が持つ強大なパワーを実感し、かつそれがとんでもない悲劇を引き起こすのだということを強く感じた。同時にこうした兵器が二度と地球上で使われるべきではないという思いを強く胸に焼きつけた」(春原剛訳『核なき世界を求めて』日本経済新聞出版社)

もちろん、人それぞれに感想は違ってくると思います。しかし、それが何であろうと心に刻まれるものは必ずあるはずです。

いずれにしても核兵器の拡散が進み、脅威が現実のものになりかねない状況を一刻も早く打開するには、同じ地球に暮らすより多くの人々が、自分たちの生命や尊厳、そして子どもや孫たちといった未来の世代に深く関わる問題として受け止め、声を強めていく以外に道はありません。

SGIは、戸田第2代会長の「原水爆禁止宣言」の発表50周年にあたる2007年から「核兵器廃絶への民衆行動の10年」の運動を立ち上げ、民衆の声の結集に努めてきました。

これまで世界220都市以上で開催してきた「核兵器廃絶への挑戦」展はその一環で、多くの市民の来場を得てきました。

そのほか、核戦争防止国際医師会議が進める「核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)」に協力し、NWCの実現を求める民衆の輪を広げるとともに、国際通信社IPSと共同で核兵器に関する記事や論考を発信するプロジェクトを通じて「核兵器のない世界」に向けた課題や現実変革のための代替案を探る取り組みを続けてきました。

「いやしくも私の弟子であるならば、私のきょうの声明を継いで、全世界にこの意味を浸透させてもらいたい」(前掲『戸田城聖全集第4巻』)との、55年前の師の遺訓は、今も耳朶を離れることがありません。

SGIの青年たちとともに、師との誓いを果たし、「核兵器のない世界」への道を民衆自身の手で切り開くべく、志を同じくする団体や人々と手を取り合いながら、人類未到の挑戦を何としても成し遂げたいと決意するものです。

また、私が創立した戸田記念国際平和研究所でも、「核兵器のない世界」を地域的な面から確保しようとする国際的な動きを支援するために、「非核兵器地帯の拡大」に焦点を当てた研究プロジェクトを今年から開始していきたいと考えております。