2013年のSGI提言

苦悩を分かち合い、心を尽くす中に自他共の幸福を開く大道が

第3段
苦悩を分かち合い、心を尽くす中に自他共の幸福を開く大道が

アフリカの世紀へ力強い連帯の輪を

第一の指標は、「他者と苦楽を共にしようとする意志」です。

思い返せば「生命の尊厳」は、40年ほど前、歴史家のアーノルド・J・トインビー博士と21世紀の世界を展望する対談をした際、締めくくりに論じたテーマでした(『二十一世紀への対話』、『池田大作全集第3巻』所収)。

そこでトインビー博士が「尊厳は、何ものによっても代替できません」と強調していたように、端的にいうならば「生命の尊厳」は“かけがえのなさ„という代替不可能性に由来するものといえましょう。

加えて博士は「他の人々の尊厳を重んじなければ、自己の尊厳をも失う」と指摘していましたが、人間同士のつながりという関係性において「生命の尊厳」を捉える視座は、実に大切なものだと思います。

世界で多くの人々に尊厳の危機をもたらし、国際的な協力が強く求められているのが貧困の問題です。

冒頭で触れた通り、ミレニアム開発目標のいくつかの項目が既に達成をみたわけですが、悲惨な状況に苦しむ人々の“割合の半減„が焦点だっただけに、取り組みをさらに加速させない限り、2015年の時点で約10億人が極度の貧困に苦しみ、6億人以上の人々が安全な飲料水を得られない状態に置かれたままになると予測されています。

なかでも貧困削減のペースには地域差があり、特にサハラ砂漠以南のアフリカ地域では思うように改善が進んでおらず、同じく極度の貧困に苦しむ人々の半減が達成されていない南アジアや中南米にくらべても、厳しい状況が続いていることが懸念されます。

6月には、横浜で第5回アフリカ開発会議が開催されます。主要テーマの一つに「包摂的で強靱な社会」が掲げられていますが、全ての人々が尊厳を輝かせ、アフリカから世界へ平和と共生の価値創造の潮流が幾重にも広がっていく「アフリカの世紀」の建設に向けて、国際的な連帯がより強固なものになるよう、実りある成果が得られることを願ってやみません。

格差社会の弊害

一方で、多くの人々の尊厳を脅かす貧困の問題は、経済的に豊かな国々の間でも深刻化しています。

いわゆる「格差社会」の問題です。

この問題を研究するリチャード・ウィルキンソン氏とケイト・ピケット氏は、経済的な困窮と相まって、格差がもたらす人間関係の劣化が人々の苦しみをさらに強め、その悪影響が巡り巡って社会全体を蝕んでいるとして、次のような警告を発しています。

いわく、格差が大きくなればなるほど人々の健康や社会的な問題は深刻さを増すにもかかわらず、「格差社会ほど人々は互いを構わなくなり、人間関係も希薄になって、自力で世渡りしていかなければならなくなる。だから、どうしても信頼関係は弱くなる」。

「格差は、社会をさまざまな側面で全体的に機能不全に陥れる」のであり、「貧困層だけでなくすべての所得層の人がうまくいっていない」状態を招いてしまうことになる、と(『平等社会』酒井泰介訳、東洋経済新報社)。

経済的な困窮は、それだけでも、毎日の一つ一つの出来事に生きづらさを感じさせるものです。そこに追い打ちをかけ、不条理性を増すのは、自分が軽視されたり、疎んじられたりして、居場所や生きがいを失い、社会とのつながりを断たれてしまうことではないでしょうか。

「なぜ自分がこのような目に遭わなければならないのか」と煩悶しながらも、何とか少しでも前に進みたいと願う人々にとって、そうした周囲の視線や冷たい反応が、どれだけ尊厳を傷つけ、孤立感を深めさせてしまうことか。

近年、経済的な側面からの貧困問題への取り組みに加えて、他者とのつながりや生きがいの回復を通じた「社会的包摂 」のアプローチの重視が叫ばれているのは、そうした観点を踏まえてのものと思われます。