2013年のSGI提言

一人の人間の内なる変革が現在と未来を希望で照らす

第6段
一人の人間の内なる変革が現在と未来を希望で照らす

自己信頼の力と希望のぬくもり

人権教育映画では、望まない結婚を若くして強いられた上に、夫の暴力に苦しめられたトルコの女性の話が紹介されています。

――夫の暴力に苦しみ続けた彼女は離婚を決意するが、そのために自分の家族からも脅されることになった。しかし、女性団体の保護を受けて人権について学び、意識を薫発される中で、新しい人生を踏み出す決意を固めた。

そして、「私はとても強くなりました。他の女性も助けられたら、もっと嬉しいです。皆の模範になりたいです」と、同じ苦しみを抱える女性たちの力になりたいとの強い思いを抱くまでになった、と。

まさに人権教育の尊い実例をみる思いですが、私は何よりも、この過程を通じて生きる力を取り戻した女性の笑顔に、尊厳への目覚めがもたらす“自己信頼の力„と“希望のぬくもり„を感じてなりません。

この“希望のぬくもり„のイメージをより的確に伝えるために、哲学者のミルトン・メイヤロフ氏の言葉を紹介したいと思います。

メイヤロフ氏は、「エンパワーメント」と志向性を同じくする、他者との専心的な関わり合いを基盤としたケアリング論を先駆的に研究した人物です。

「私のケアをとおして相手が成長していくという希望(Hope)がある」「ある意味では、春の到来のときに感じられる希望に似ている」「この希望の持つ意味は、待ち望んだ未来には充足性があるが、現在には充足性がないというものではない。それどころか希望は、現在の豊かさの表現であり、可能性の期待でいかにも生き生きした現在そのものなのである」(『ケアの本質』田村真・向野宣之訳、ゆみる出版)

ここで重要なのは、希望が未来への約束手形として棚上げされてしまうのではなく、今この瞬間を“生の充足感„で満たす形で、目の前に希望そのものが現出していることです。

「貧窮下賤の者と生れ」(御書958ページ)と庶民の出自であることを誇りとし、社会の悪弊に苦しむ人々の側に終生立ち続けた日蓮大聖人は、“希望のぬくもり„をもたらす生命の力用のダイナミズムについて、「水の底なる石に火のあるが如く百千万年くら(闇)き所にも燈を入れぬればあか(明)くなる」(同1403ページ)と説きました。

それまでの境遇がどうであろうと関係ない。自分の本来の尊さに目覚め、今ある状況を変えたいと立ち上がった瞬間に、周囲を照らす希望の光はわが身から力強く発している、と。

どれだけ大きな希望であっても、はるか遠くの未来でしか実現するものでなかったとすれば、可能性の種子が芽吹いたとしても、それが花を咲かせ、実を結ぶまで、自分の気力を奮い立たせ続けることは容易ではない。まして、自分自身が変化した姿をもって、周囲に変革の波動を広げることは難しいでしょう。

そうではなく、先ほどの「春の到来」のような希望であってこそ、日々、喜びと誇りをもって、自身の可能性の種子を大切に育み続けることができる。そして、その姿を通して、変革の波動は自ずと周囲にも広がり、社会の土壌を持続的に耕すことができる。

このビジョンは「人権文化」に限らず、「持続可能な社会」の建設にあたっても、有益な視座を提供するものだと思います。

私は昨年6月の環境提言 で、持続可能性を追求するにあたっては、「より良い未来を目指す中で、現在の状況をさらに良いものに変えていく」という往還作業を軸にする必要があることを呼びかけました。

思うに、未来の生だけでなく現在の生も“希望のぬくもり„で満たす取り組みであってこそ、冒頭で私がゲーテの言葉に託して展望した、一歩一歩が「終局」の重みを持ち、「一歩としての価値」を放つ、時代変革の挑戦の地平が開けていくのではないか。

2030年に向けた壮大な挑戦の成否も、こうした「エンパワーメント」から「リーダーシップの発揮」への波を起こす取り組みをどれだけ各地で根づかせていけるかにかかっていると、私は思うのです。