2013年のSGI提言

「非人道性」の観点に基づき核兵器禁止条約を制定

第9段
「非人道性」の観点に基づき核兵器禁止条約を制定

続いて、2030年に向け、平和と共生の地球社会の建設を進めるにあたり、「生命の尊厳」の視座に基づいて特に明確な軌道を確立する必要があると思われる「核兵器の禁止と廃絶」と「人権文化の建設」の二つの課題について具体策を論じておきたい。

第一の課題は、核兵器の禁止と廃絶です。

核兵器は、冒頭で触れた『ファウスト』の話に照らせば、「すばやい剣」を現代において体現したものといえます。この「すばやい剣」を求める人間の心理についてゲーテが掘り下げた洞察にも通じる形で、現代文明が抱える諸問題を「速度」の観点から考察してきた思想家に、ポール・ヴィリリオ氏がいます。

そのヴィリリオ氏が『速度と政治』(市田良彦訳、平凡社)と題する著書で、「核兵器とそれが想定する兵器体系の危険性は、爆発の危険性であるよりはよほど、それが存在し、精神の中で内破する危険性なのだ」と警告していたことがあります。

もとよりこれは警句的な表現で、核兵器の爆発による被害が甚大で取り返しのつかないものであることは言うまでもありません。あくまで氏が強調しようとしたのは、核使用の有無にかかわらず、世界が核兵器の脅威で覆われている状態が意味する異常性、また、その状態が続くことが社会に及ぼす精神的な影響に目を向ける必要性です。

私も、こうした問題意識に強く共感します。

そうでなければ、核兵器の保有の是非が専ら安全保障の観点から論議される中で、ともすれば見過ごされてきた点――例えば、氏が『自殺へ向かう世界』(青山勝・多賀健太郎訳、NTT出版)で、「核による抑止とは、総力戦を別のやり方で継続することにほかならず、これによって戦時と平時とのあいだの微妙な区別が失われ」たと指摘していたような、世界の実相が浮かび上がってこないからです。

戸田第2代会長の「原水爆禁止宣言」

半世紀以上も前(1957年9月)、東西冷戦下で核開発競争が激化する中、「原水爆禁止宣言」を発表し、核兵器の保有にひそむ「生命の尊厳」への重大な冒瀆を許さず、その徹底的な打破を訴えたのが、私の師である創価学会の戸田城聖第2代会長でした。

戸田会長は宣言の中で、「核あるいは原子爆弾の実験禁止運動が、今、世界に起こっているが、私はその奥に隠されているところの爪をもぎ取りたいと思う」(『戸田城聖全集第4巻』)と述べ、核実験を禁止する重要性を踏まえつつ、問題の本質的な解決のためには、核兵器の保有を容認する思想の根を絶つ以外にないことを強調しました。

都市をまるごと壊滅させ、戦闘員と非戦闘員の区別なく多数の人々の命を一瞬にして奪い、生態系にも深刻な影響を及ぼす一方で、爆発後も後遺症などで人々を長期にわたって苦しめるのが、核兵器です。

広島と長崎への原爆投下で、言葉には言い尽くせない非人道性が明らかになったにもかかわらず、今なお核兵器の保有を是認し続けようとする思想の根底にあるものは何か。

思うにそれは「総力戦」の行き着く果ての心的態度――前半での考察に沿った形で表現すれば、敵側に属する以上、誰であろうと関係性そのものに変わり得る余地はなく、つながりごと絶つしかないという、「生命の尊厳」の究極的な否定ではないでしょうか。

そこには、哲学者のアレントが『暗い時代の人々』(阿部齊訳、筑摩書房)で論じていたような「他の人々と世界を共有する心づもり」など介在せず、あるのは、他の人々を「ともに喜びにひたるに値すると思わない」とみなす冷酷さしかない。いわば、仏法で説く「元品の無明」から生じる、人々の生命を根本的に軽視し、破壊しようとする衝動が、底流に渦巻いている。

ゆえに戸田会長は、核保有の「奥に隠されているところの爪」をもぎ取り、世界の民衆の生存権を守るために、「もし原水爆を、いずこの国であろうと、それが勝っても負けても、それを使用したものは、ことごとく死刑にすべきである」と訴えました。

仏法者として死刑反対を主張していた戸田会長が、あえて極刑を求めるかのような表現を用いたのはなぜか。それは、“どの国であろうと、どんな理由があろうと、核兵器の使用を絶対に許してはならない„との思想を鮮明にするためであり、さらには、民衆の生存権を人質にしてまで国家の安全を図ろうとする核保有の論理に明確な楔を打つためだったのです。

当時、東西の陣営に分かれて、相手側の核保有ばかりを問題視する主張の応酬が続く中で、イデオロギーや国家の利害にとらわれることなく、戸田会長は「世界の民衆」の名において核兵器を現代文明の“一凶„として断罪し、その廃絶を呼びかけたのです。

時を経て現在、核拡散が進む中で、その防止策に焦点が向きがちですが、もちろんその対応は急務であるとしても、核兵器をめぐる問題の本質は戸田会長が「原水爆禁止宣言」で剔抉していた点にあることを断じて忘れてはならない。

この点に関して、国連の潘基文事務総長も、「ある者が核兵器を保有することは他の者が獲得することを奨励します。それは、核拡散と、伝染的な核抑止ドクトリンの蔓延を招きます」(2010年8月の早稲田大学での講演、国連広報センターのホームページ)との警告を発しています。

なぜそのような伝染が生じるのかという根源の問題に向き合わずして、いくら防止策を講じても実効性の確保は難しく、今後も新たな拡散を招きかねないのではないでしょうか。