2013年のSGI提言

2015年のサミットで核問題の首脳会合を開催

第12段
2015年のサミットで核問題の首脳会合を開催

二つ目は、核兵器の非人道性を柱としつつ、核兵器にまつわる多様な角度からの議論を活発化させながら、国際世論を幅広く喚起していくことで、核兵器禁止条約の交渉プロセスをスタートさせ、2015年を目標に条約案のとりまとめを進めることです。

三つ目は、広島と長崎への原爆投下から70年となる2015年にG8サミット(主要国首脳会議)を開催する際に、国連や他の核保有国、非核兵器地帯の代表などが一堂に会する「『核兵器のない世界』のための拡大首脳会合」を行うことです。

例えば、2015年のホスト国であるドイツと交代する形で、2016年の担当国である日本がホスト役を務め、広島や長崎での開催を目指す案もあるのではないかと思います。

これまで私は、こうした首脳会合の方式として、2015年のNPT再検討会議の広島や長崎での開催を提唱してきました。

その実現を切望するものですが、190近くの国が参加する大規模な会議であることなどの理由から、慣例通り、国連本部での開催が決まった場合には、再検討会議の数カ月後に行われるG8サミットの場で議論を引き継ぐ形で、「拡大首脳会合」を広島や長崎で行うことを検討してみてはどうかと思うのです。

その意味で、先ほど触れた韓国での講演でオバマ大統領が述べていた次の言葉は、私の心情と深く響き合うものがあります。

オバマ大統領は、「米国には、行動する特別な責務がある。それは道徳的な責務であると私は確信する。私は、かつて核兵器を使用した唯一の国家の大統領としてこのことを言っている」と、2009年のプラハ演説で述べた信念をあらためて表明した上で、こう続けました。

「何にもまして、二人の娘が、自分たちが知り、愛するすべてのものが瞬時に奪い去られることがない世界で成長してゆくことを願う一人の父親として言っているのだ」(前掲「核兵器・核実験モニター」第398号)と。

この後者の言葉、すなわち、国や立場の違いを超えて一人の人間として発した言葉に、あらゆる政治的要素や安全保障上の要請を十二分に踏まえてもなお、かき消すことのできない“本来あるべき世界の姿„への切実な思いが脈打っている気がしてなりません。

私はここに、「国家の安全保障」と「核兵器保有」という長年にわたって固く結びつき、がんじがらめの状態が続いてきた“ゴルディオスの結び目„を解く契機があるのではないかと考えるのです。

核時代に生きる一人の人間として思いをはせる上で、広島や長崎ほどふさわしい場所はありません。

2008年に広島で行われたG8下院議長サミットに続いて、各国首脳による「拡大首脳会合」を実現させ、「核兵器のない世界」への潮流を決定づけるとともに、2030年に向けて世界的な軍縮の流れを巻き起こす出発点にしようではありませんか。