2014年のSGI提言

苦難に屈しない生命の輝きが人々を勇気づける光明に

第3段
苦難に屈しない生命の輝きが人々を勇気づける光明に

パキスタンの少女 マララさんの信念

第一の柱として提起したいのは、「常に希望から出発する価値創造」です。

昨年4月、国連総会で武器貿易条約が採択され、戦車や戦闘機といった大型兵器から自動小銃などの小型武器にいたるまで、通常兵器の輸出入を初めて規制する条約が誕生しました。

対人地雷の禁止やクラスター爆弾の禁止に続き、この条約の制定に最大の後押しをしたのもNGO(非政府組織)の連帯でした。

いずれも、明確なビジョンを掲げて、民衆が力を合わせて行動する時、「先例のない変化を歴史に与える道」が開かれることを示した希望の実例に他ならないと言えましょう。長年、武器取引の規制を訴えてきた私も、条約が一日も早く発効し、人権侵害や残虐行為を助長してきた武器の拡散に歯止めがかかることを強く願うものです。

今なお世界では、紛争や内戦に加えて、武装勢力や犯罪組織による暴力が横行し、問答無用で命が奪われたり、深い傷を負わされる人が後を絶ちません。

女性の教育を受ける権利を訴える中、2年前に銃撃を受けて瀕死の重傷を負ったパキスタンの少女、マララ・ユスフザイさんもその一人です。奇跡的に一命をとりとめた後も屈することなく行動を続ける彼女は、昨年7月に国連本部でスピーチした折に、その心情をこう語りました。

「わたしのなかで変わったことなど、なにひとつありません。あるとすれば、ひとつだけ。弱さと恐怖と絶望が消え、強さと力と勇気が生まれたのです。わたしはそれまでと同じマララです。目標に向かっていく気持ちも変わっていません。希望も、夢も、前と同じです」(マララ・ユスフザイ/クリスティーナ・ラム『わたしはマララ』金原瑞人・西田佳子訳、学研パブリッシング)

その後も脅迫を受けながら、一歩も退かず行動を続ける彼女を支えているもの――それは、自分と同じく理不尽な抑圧や不当な扱いに苦しんでいる女性や子どもたちが声を上げ、状況を改善するために自ら立ち上がることを願う、強い思いに発したものでした。

災害や経済危機のような突発的な脅威に見舞われたり、日常的に行われる政治的な弾圧や人権抑圧の脅威にさらされたりすると、人間は恐怖や悲しみ、また苦しみのあまり、深い絶望に沈み込んで、身動きがとれなくなってしまうことが少なくありません。

しかし、絶望の闇に人々の心が覆われ、あきらめと無力感で立ちすくんでしまう状態が続けば、問題の解決は遠のくばかりか、同様の脅威が各地で猛威を振るう事態が繰り返されてしまうことになります。

牧口初代会長が重視した人格価値

こうした絶望の闇を打ち払う希望の光明は、「自己目的」ではなく、「何かのため、誰かのために苦悩するときだけ」(『苦悩する人間』山田邦男・松田美佳訳、春秋社)輝き始めると強調したのは、第2次世界大戦中に強制収容所に送られた時の壮絶な体験をつづった『夜と霧』で知られる、精神医学者のヴィクトール・E・フランクル博士でした。

フランクル博士は、苦難に直面した時の人間精神による応戦劇の真骨頂を、次のように記しています。

「重要なのは、避けることのできない人生の運命的な打撃をどのような態度で、どのような姿勢で受け止めるかである。したがって人間は、最後の息を引き取るそのときまで、生きる意味をかちとってわがものとすることができる」(以下、V・E・フランクル/F・クロイツァー『宿命を超えて、自己を超えて』山田邦男・松田美佳訳、春秋社)

博士はこの人間精神による応戦を「態度価値」と名付けました。それは、「どのような条件、どのような状況のもとでも人生には意味がある」との思いを奮い起こし、苦難と向き合う中で、その生命の輝きが苦しみを抱える他の人々を勇気づける光明となり、「自分個人の悲劇を人間の勝利に変える」道をも開く価値創造に他なりません。

博士が人生最大の苦難に直面した第2次世界大戦中に、思想統制を強める日本の軍部権力と対峙したために投獄された、私ども創価学会の牧口常三郎初代会長も、この「態度価値」を貫く人間精神の輝きと相通じる、「人格価値」を育むことに教育の最大の目的があると訴えていました。

そして、自らの教育学説を発刊するにあたって、同じく教育者であった弟子の戸田城聖第2代会長との対話を通し、その名称に価値創造を意味する「創価」を冠したのです。 

この『創価教育学体系』が発刊されてから来年で85周年を迎えますが、牧口初代会長はその中で人格価値を体現した姿の例として、「普段はそれほど注目されなくても、何か起こった時には『あの人がいてくれれば』と皆から慕われる人であり、常に社会で人々の心をつなぐ存在」(『牧口常三郎全集第5巻』第三文明社、趣意)を挙げていました。

希望を武器に闘い抜いたマンデラ氏

現代において、この「人格価値」の光を放ち、世界中の人々に勇気と希望を与えてきたのが、先月惜しくも亡くなられた南アフリカ共和国のネルソン・マンデラ元大統領でした。

悪名高いアパルトヘイト(人種隔離)政策の嵐が吹き荒れる中、27年半に及ぶ獄中闘争を勝ち越えたマンデラ氏も、獄中で母の訃報に接したのに続き、妻が逮捕され、長男までもが事故死するという悲劇が相次いだ時には、さすがに気力を失いかけたといいます。

しかし、氏は屈することなく、知人への手紙に、「他に何も残っていないとき、希望は強力な武器となります」(『ネルソン・マンデラ 私自身との対話』長田雅子訳、明石書店)とつづりました。

その後、孫娘が生まれた時には、マンデラ氏が最後のよりどころとしてきた“希望„を意味する言葉を名付け、彼女がやがて、「アパルトヘイトを遠い記憶に持つ南アフリカの新世代の一員となること」(以下、『自由への長い道(下)』東江一紀訳、日本放送出版協会)を確信し、その夢を現実にするまで闘い抜くことを誓って、1万日にわたる獄中生活を耐え抜いたのでした。

マンデラ氏とは二度お会いする中で、歩んできた道は異なるものの、その実現に向かって共に人生をささげてきた、「すべての人間の尊厳が輝く社会」をめぐって語り合ったことが思い起こされます。

特に感銘したのは、アパルトヘイト撤廃という歴史の新章節を開いたのは自分一人の功績ではなく、多くの人々の意志が積み重なってのものであるとのマンデラ氏の信念でした。1994年に大統領就任が決まった際、多くの民衆の前で述べた次の言葉には、その信条が凝縮していたように思えてなりません。

「皆さんは、この国を自分の手に取りもどすために、あれだけの穏やかで粘り強い決意を示し、だから今、屋根の上から高らかな喜びの声を発することができるのです。自由だ、とうとう自由になった、と」

その意味で私は、フランクル博士が提起した点(態度価値は、どんな厳しい環境でも、息を引き取る瞬間まで発揮できる)に加えて、マンデラ氏が実例をもって強調した点(人格価値は、特別な人間だけではなく、普通の人々にも開かれたものである)において、この価値創造の挑戦には常に二つの希望が宿っていると強調したいのです。