青年の視点2016年のSGI提言

「世界市民意識」の涵養(かんよう)が持続可能な未来を築く礎

第6段
「世界市民意識」の涵養かんようが持続可能な未来を築く礎

関係性の網の中で変革の波を起こす

現代においても、「最大多数の最大幸福を追求する上で、多少の犠牲が生じるのはやむを得ない」といった考え方が、政治や経済をはじめ社会のさまざまな分野でみられます。

しかし、気候変動の問題一つをとってみても明らかなように、今は自分たちに関係ないように思えても、長期的にみれば、リスクと無縁な場所など地球上のどこにもありません。

むしろ、他の人々の苦境を半ば看過するような考え方の行き着く先は、人類の生存基盤を突き崩しかねないことに、目を向けるべきだと思うのです。

自分本位の短期的利益の追求が優先される風潮に警鐘を鳴らしてきた、政治哲学者のマーサ・C・ヌスバウム博士も、世界市民意識の涵養を呼び掛ける中で、こう述べていました。

「過去のどの時代にも増して、私たちの誰もが、一度も会ったことのない人々に依存し、彼らもまた私たちに依存しています」

「このグローバルな相互依存の外にいる人は一人もいません」(『経済成長がすべてか?』小沢自然・小野正嗣訳、岩波書店)

地球的な課題の解決を目指して行動する民衆の連帯の裾野を広げるためには、まずもって、そうした関係性への「想像力」を、教育によって培う必要があるのではないでしょうか。

人間の歩むべき生き方として「貢献的生活」を挙げていた牧口会長は、「真の幸福は、社会の一員として公衆と苦楽を共するのでなければ得るあたわざるもの」(前掲『牧口常三郎全集』第5巻)と訴えましたが、そうした意識を地球大へと広げながら生きていくことが、今日、ますます要請されていると思えてなりません。

仏法では、この世のすべての存在や出来事は、分かちがたい〝関係性の網〟で結びついており、その相互連関を通じて瞬間瞬間、世界は形づくられているとも説かれています。

その〝関係性の網〟の中で、自分という存在が生き、生かされていることの実感を、一つまた一つと深めていく中で、「自分だけの幸福もなく、他人だけの不幸もない」との地平が、一つ一つ開けてくる。

そして、〝今ここにいる自分〟を基点とし、変革の波を起こす中で、自らが抱える課題のみならず、周囲や社会の状況をも好転させゆく「プラスの連鎖」を生み出していく――。

こうした生命感覚を、自分と他者、自分と世界とのつながりを見つめ直すための座標軸の骨格としていくことを、仏法は呼び掛けているのであります。

その意味からいえば、教育は、人間が他者の苦しみを前にした時に、〝胸の痛み〟を通じて浮かんでくる人生の座標軸の骨格に、一つ一つ肉付けをする上で、絶対に欠かせないものだといえましょう。

例えば、環境問題や格差の問題にしても、教育による学びを通じて〝背景や原因を見つめるまなざし〟を磨いてこそ、問題に向き合う座標軸がより鮮明になり、揺るぎないものとなるのではないでしょうか。