青年の視点2016年のSGI提言

国連の公開作業部会で一致点を見いだし核兵器禁止の交渉開始を

第16段
国連の公開作業部会で一致点を見いだし核兵器禁止の交渉開始を

CTBTの制度が果たす人道的貢献

実際、非人道性の観点からも、軍事的な有用性の面からも、核兵器が〝使うことのできない兵器〟としての様相を一層強めていく中で、軍事的競争の限界から生じた「人道的競争への萌芽」ともいうべきものが、一つの形を結ぶまでになってきています。

それは、CTBT(包括的核実験禁止条約)の採択を機に誕生した国際監視制度が、さまざまな形で果たしてきた貢献です。

条約は今なお、残り8カ国の批准が得られず発効にいたっていませんが、核爆発実験を探知する監視制度は、条約機関(CTBTO)の準備委員会によって整備されてきました。

先日の北朝鮮の核実験をめぐる地震波の検知や放射性物質の観測のような本来の役割に加えて、最近では、世界中に張りめぐらされた監視網を活用して、災害の状況や気候変動の影響を幅広くモニターする活動なども行われるようになっています。

例えば、海底地震の探知によって津波警報を早期に発令できるように支援したり、火山噴火の状況を監視して航空機のパイロットへの警戒情報につなげたり、大規模な暴風雨や氷山の崩壊を追跡するなど、〝地球の聴診器〟としての重要な役割を担ってきました。

国連の潘基文事務総長が、「CTBTは、まだ発効していないうちから命を救っています」(IPS通信「核実験を監視するCTBTOは眠らない」、2015年6月17日)と功績を称えたように、核軍拡と核拡散に歯止めをかけるための制度が、多くの生命を守るという人道的な面でも欠くことのできない存在となっているのです。

条約採択から20周年となる本年、残りの8カ国が一日も早く批准を果たし、CTBTを名実ともに力強く機能させ、核実験が二度と行われることのない世界への道を開くよう、あらためて呼び掛けたい。

そして、核問題解決への取り組みを加速させ、軍縮の促進はもとより、CTBTの採択を土台に生まれたこの活動のような「世界の人道化」に向けた潮流を、本格的に強めていくべきではないでしょうか。

民衆の犠牲を前提にした安全保障

かつて、冷戦対立の激化で核開発競争がエスカレートする中、私の師である戸田第2代会長は「原水爆禁止宣言」(1957年9月)を発表し、次のように訴えました。

「核あるいは原子爆弾の実験禁止運動が、今、世界に起こっているが、私はその奥に隠されているところの爪をもぎ取りたい」(『戸田城聖全集』第4巻)

つまり、核実験の禁止を求める世界の人々の切実な声に共感を寄せつつ、さらにそこから踏み込んで、多くの民衆の犠牲の上にしか成り立たない安全保障の根にある生命軽視の思想を克服しない限り、本当の意味での解決はありえないことを強調したのです。

この師の叫びを胸に、私は、核問題の解決は核兵器保有の「奥に隠されているところの爪」を取り除くこと――すなわち、「目的のためには手段を選ばない」「他国の民衆の犠牲の上に安全や国益を追い求める」「将来への影響を顧みず、行動をとり続ける」といった現代文明に深く巣食う考え方を転換し、世界を人道的な方向に向け直す挑戦にほかならないと考え、行動を続けてきました。

地球上に核兵器が存在する限り、核抑止力を保持し続けるしかないといった考え方が、核保有国やその同盟国の間に、いまだ根強くあります。

しかし、核抑止力によって状況の主導権を握っているようでも、偶発的な事故による爆発や誤射の危険性は、核兵器を配備している国の数だけ存在するといってよい。

その脅威の本質から見れば、核兵器の保有が実質的に招いているのは、自国はおろか、人類全体の運命までもが〝核兵器によって保有されている〟状態ではないでしょうか。

核兵器の威嚇いかく と使用に関する違法性が問われた国際司法裁判所の勧告的意見において、NPT第6条の規定を踏まえ、「すべての側面での核軍縮に導く交渉を誠実に行い、かつ完結させる義務が存在する」との見解が示されてから、今年で20年を迎えます。

にもかかわらず、核軍縮の完結の見通しが一向に立たないどころか、すべての保有国が参加する形での誠実な交渉が始まっていない現状は、極めて深刻であるといえましょう。