2017年のSGI提言

民衆の犠牲を前提にした抑止論の脱却が急務

第11段
民衆の犠牲を前提にした抑止論の脱却が急務

戸田会長が宣言で訴えかけたもの

思い返せば、私の師である戸田第2代会長が「原水爆禁止宣言」を発表したのは、核抑止態勢の基盤が実質的に完成をみた時期にほかなりませんでした。

当時、アメリカとソ連が水爆実験を行い、威力の増大を図る競争がエスカレートする一方、核開発の焦点は核兵器を爆撃機で投下する方式から、核弾頭を誘導兵器に取り付ける方式に移行しつつありました。

宣言発表の前月(1957年8月)には、ソ連が大陸間弾道弾(ICBM)の実験に成功し、地球のどこにでも核兵器を発射できる状況が現実となったのです。

また、9月に入ると、国連の枠組みの下で半年近く続けられてきた、原水爆の削減と禁止などをめぐる軍縮交渉が決裂するという事態が生じました。

アメリカ、イギリス、フランス、ソ連に、カナダを加えた5カ国が集中的に討議を重ねたものの、意見が一致せず、無期休会という形で幕を閉じたのです。

実にそれは、宣言発表の2日前のことでした。

そうした事態を前にして、戸田会長は、核兵器の存在が人類の破滅に直結しているにもかかわらず、軍拡競争が一向にやまない理由は、核抑止論にあると洞察しました。

核兵器が抑止力となり、平和が維持されるといった、核保有を正当化する論理が目を向けているのは、〝相手の攻撃を阻止すること〟や〝自国を守ること〟だけであって、その奥底には、目的のために人類の大半を犠牲にすることも辞さない冷酷な思想が横たわっているのではないか――。

ゆえに戸田会長は宣言で、核保有を正当化する論理に対し、「その奥に隠されているところの爪をもぎ取りたい」(『戸田城聖全集』第4巻)と、その思想の克服を強く呼び掛けたのです。

当時、米ソ両国がたいする構図を、〝瓶の中の2匹のサソリ〟に譬えた議論がありました。

しかし、その瓶には、核保有国だけでなく多くの国が存在し、数十億もの民衆が暮らしていることが忘れ去られていました。

また、刺すか刺されるかといったたいの構図に目が奪われ、互いが手にしているのが、通常兵器とは明らかに一線を画した絶滅兵器であるという事実が捨象されていました。

この核抑止論が生み出す幻影を打ち払うべく、戸田会長は、「われわれ世界の民衆は、生存の権利をもっております」(『戸田城聖全集』第4巻)と訴え、その権利を脅かす行為は、どの国も許されず、いかなる理由があろうと核兵器の使用は絶対にあってはならないと宣言したのです。

〝核の傘〟にひそむ重大な非人道性

抑止が働くことだけを信じ、それが破綻した場合の壊滅的な結末を思考から切り離してしまう。また、偶発的な事故による核爆発は、抑止に関係なく常に起こりうるという現実を考えないようにする――。

こうした思考停止は、〝核の傘〟においても同様に懸念される問題です。

実のところ、〝核の傘〟は、その一本一本が核兵器という〝ダモクレスの剣〟で構成されたものにほかならず、自国を守るためには、広島と長崎で起きたような惨劇が他国で繰り返されても構わないという前提に立った、極めて非人道的な安全保障観であることを忘れてはなりません。

ひとたび発射ボタンが押され、核の応酬が始まってしまえば、紛争当事国だけでなく、周辺国や地球全体に取り返しのつかない大惨事を招く――そこではまさに、「自国の安全保障」と「大勢の民衆の生命や地球の生態系」とが天秤てんびんにかけられているのです。

この問題を、前半で言及した経済学者のセン博士の正義を巡る議論にえんしてみるならば、核抑止政策や〝核の傘〟で他国からの核攻撃を防ぎ、自国を守るという安全保障は、目的の正当性を重視する「ニーティ」的な正義に立つものといえましょう。

しかし、結果の正当性、つまり、実際に人々の身に起こることに焦点を当てる「ニヤーヤ」的正義に照らしてみれば、多くの民衆の犠牲と地球の生態系の破壊もやむなしとする、核依存の安全保障が許される余地は、どこにも残されていないのではないでしょうか。

武力攻撃に対して自国を守る権利は国連憲章でも認められており、国際法上、「ニーティ」的な観点に立つ安全保障は一律には否定されないとしても、自国を守る方法が果たして〝核兵器を必須とするもの〟であり続けるしかないのか、その一点が問われていると、私は強調したいのです。

武器を持つことで生じる恐怖と不安

そもそも抑止の考え方は、長い歴史を通じて多くの国が武器を保持し増強する際に用いてきた論理ですが、戦争に次ぐ戦争の歴史が物語るように、抑止が破綻し、衝突に至った史実は枚挙にいとまがありません。

それが、核兵器に限って抑止が破綻しないと、なぜ断言できるのか――。

核問題の専門家であるウォード・ウィルソン氏は、『核兵器をめぐる5つの神話』と題する著作で、このことを問いかけました。

ウィルソン氏は、集団的暴力や戦争をめぐる人類の歴史は6000年に及んでおり、第2次世界大戦以降の60年だけを切り取って論じることは、「データの1%を基にして、ある傾向を見つけた、と主張するに等しい」(広瀬訓監訳、法律文化社)と指摘しています。

この問題を考えるには、数千年に及ぶ文明の盛衰をかんして洞察を深めた歴史家のトインビー博士のような眼差しが不可欠であり、「とりわけ、人間の本質に深く根付いた現象を扱うにおいて、これは無謀といえるのではないだろうか」(広瀬訓監訳、法律文化社)と強調するのです。

まったく同感であり、抑止が「人間の本質に深く根付いた現象」であるとの急所をしっかり踏まえた上で、核抑止論の奥にひそむ重大な危険性を見つめる必要があると考えます。

そこで私は、「人間の本質」を深く掘り下げる中で生命尊厳の思想を打ち立てた仏教の視座から、一つの問題提起をしたい。

釈尊の言葉に、「殺そうと争闘する人々を見よ。武器を執って打とうとしたことから恐怖が生じたのである」(『ブッダのことば』中村元訳、岩波書店)とあります。

これは、二つの部族の間で水をめぐる争いが起きた時に、釈尊が述べたものと伝えられています。

私が着目するのは、釈尊がたいする人々の心の動きを見定める中で、〝相手に対する恐怖があったから武器を手にした〟のではなく、〝武器を手にしたことによって恐怖が生じた〟と洞察している点です。

つまり、武器を手にするまでは、自分たちの水を奪おうとする相手への激しい怒りがあったとしても、そこに恐怖の影はなかった。しかし、ひとたび武器を手にし、何かあれば相手を打ちのめそうと思った瞬間に、人々の心に恐怖が宿ったというのです。

構築が検討された自動制御の核反撃

ひるがえって冷戦時代においても、恐怖に支配された心理が究極の悪夢を生み出そうとしていた事実を、長年、「ワシントン・ポスト」紙で記者を務めたデイヴィッド・E・ホフマン氏が浮き彫りにしています。

――1980年代初め、ソ連の指導部はある計画を検討し始めた。核攻撃を受け、「〝すべての〟指導者が失われ、正規軍の〝すべての〟指揮命令系統が破壊されても、依然として機能するシステム」である。

「反撃のチャンスを逸すること」を何よりも恐れ、「完全に自動化され、コンピューターによって動かされる報復システム」を本気で考えたのだった。

しかし、計画の途中で、修正が入る。

「いかなる人間的要素も一切関与しないまま機能する」システムへの抵抗感がぬぐえず、核ミサイル発射の判断を、深深度の地下ごうに生き残った当直士官が下す方法に最終的に改められた――と(『死神の報復(上)』平賀秀明訳、白水社を引用・参照)。

かくして冷戦末期、人間の意思では止められない核反撃のシステムが構築されかけたのです。構想に終わったとはいえ、武器(核兵器)を手にしているために強く感じる恐怖が、渦を巻いて生み出そうとした〝抑止の最終形態〟だったのではないでしょうか。

昨年は、冷戦終結の扉を開く契機となった、レイキャビクでの米ソ首脳会談(1986年10月)から30周年にあたりました。

米ソの中間にあるアイスランドの首都で会談を行うことを提案した、ソ連のゴルバチョフ書記長の脳裏には、その半年前のチェルノブイリでの原発事故を通して実感した、核戦争への深刻な懸念がありました。

一方のアメリカのレーガン大統領にも、核兵器による大量殺戮さつりくの脅しをもって平和を維持しようとする状態には耐えられないとの思いがあったといいます。

その深刻な懸念を両者が共に抱いていたからこそ、核全廃の合意にあと少しで手が届く所まで話し合いが進んだといえましょう。

最終合意には至らなかったものの、翌1987年に中距離核戦力(INF)全廃条約が締結され、核軍縮の歯車が回り始めたのです。

今一度、アメリカとロシアがレイキャビクの精神を踏まえ、世界平和のために歩み寄るべき時を迎えているのではないでしょうか。

3月から始まる国連での交渉会議では、検討すべき課題の一つとして、事故や過誤などによる核兵器爆発の危険性を低下させ、除外するための措置が挙げられています。

冷戦時代からその危険性を何度も感じてきた米ロ両国が、首脳同士の対話を重ね、「高度警戒態勢」の段階的な解除とともに、大幅な核軍縮に向けて新たな一歩を踏み出すことを、強く呼び掛けたいのです。