私たち衆生は等しく、妙覚の仏、すなわち仏界という尊極の生命を具えている。それを自覚し、自他の尊厳に生きるとき、誰もが仏界の生命を開き顕すことができる。つまり、私たち衆生こそ仏を生む父母であり、仏とは私たち衆生が生み出す子どものようなものである。