2018年のSGI提言

市民社会の声が後押しした 核兵器禁止条約の採択

第1段
市民社会の声が後押しした 核兵器禁止条約の採択

昨年は、平和と軍縮を巡るターニングポイント(転機)の年となりました。

国連での交渉会議を経て、核兵器禁止条約がついに採択されたのです。

7月の採択以来、50カ国以上が署名しており、条約が発効すれば、生物兵器や化学兵器に続く形で、大量破壊兵器を禁止する国際的な枠組みが整います。

そもそも、核兵器を含む大量破壊兵器の全廃は、国連創設の翌年(1946年1月)、国連総会の第1号決議で提起されたものでした。以来、光明が見えなかった難題に、今回の条約が突破口を開きました。しかも、被爆者をはじめとする市民社会の力強い後押しで実現をみたのです。

その貢献を物語るように、条約制定を求める活動を続けてきたICAN(核兵器廃絶国際キャンペーン)にノーベル平和賞が贈られました。

先月の授賞式で、ベアトリス・フィン事務局長に続いて演説したサーロー節子さんは、広島での被爆体験を通し、「人類と核兵器は共存できない」「核兵器は必要悪ではなく、絶対悪」と訴えました。フィン事務局長は今月、日本を訪問し、創価学会の総本部にも来訪されましたが、演説に込められた思いは、発足まもない頃からICANと行動を共にしてきたSGIの信念と重なるものです。

ひとたび敵対関係が強まれば、相手の存在を根本的に否定し、圧倒的な破壊力で消し去ることも(いと)わない――。核兵器を正当化する思想の根底には、人権の根本的な否定ともいうべき冷酷さが横たわっています。

私の師である創価学会の戸田城聖第2代会長が、核開発競争が激化した冷戦の最中(1957年9月)に「原水爆禁止宣言」で剔抉(てっけつ)したのは、まさにその点でした。

抑止による平和の名の下に核の脅威が広がる中で、「その奥に隠されているところの爪をもぎ取りたい」(『戸田城聖全集』第4巻)と、世界の民衆の生存の権利を根底から脅かす核兵器の非人道性を指弾したのです。

その遺志を継いだ私は、半世紀前(1968年5月)に行った講演で、当時、交渉が終盤を迎えていた核拡散防止条約(NPT)の妥結だけでなく、製造・実験・使用のすべてを禁止する合意の追求を呼び掛けました。

また私は、40年前、国連の第1回軍縮特別総会に寄せて、核廃絶と核軍縮のための10項目提案を行い、第2回の軍縮特別総会が開催された1982年にも提言をしました。

そして、翌1983年から「SGIの日」記念提言の発表を開始し、これまで35年間にわたり、核兵器の禁止と廃絶への道を開くための提案を重ねてきたのです。

なぜ私が、これほどまでに核問題の解決に力点を置いてきたのか。

それは、戸田会長が洞察したように、核兵器がこの世に存在する限り、世界の平和も一人一人の人権も〝砂上の楼閣〟となりかねないからです。

SGIが核廃絶の運動を続ける中、交流を深めてきた団体の一つにパグウォッシュ会議があります。その会長を昨年まで務めたジャヤンタ・ダナパラ氏も、核問題をはじめとする多くの地球的な課題に臨むには倫理的なコンパス(羅針盤)が欠かせないと強調していました。

「倫理的な価値観という領域と、現実主義的な政治の世界は大きくかけ離れており、決して接することはないと広く考えられているが、それは正しくない。国連のこれまでの成果は、倫理と政策の融合は可能であることを示しており、平和と人類の向上に貢献してきたのは、この融合なのである」と。

今年で採択70周年を迎える世界人権宣言は、その(こう)()だったといえましょう。

そこで今回は、世界人権宣言の意義を踏まえつつ、地球的な課題に取り組む上で「倫理と政策の融合」を見いだすための鍵となる、一人一人の生命と尊厳に根差した「人権」の視座について論じたい。