2018年のSGI提言

新しい現実を創る 力は喜びの共有から生まれる

第9段
新しい現実を創る 力は喜びの共有から生まれる

自由と平等求めた公民権運動の精神

この〝喜びの共有〟に関連して頭に浮かぶのは、以前、歴史学者のビンセント・ハーディング博士から伺ったアメリカ公民権運動の思い出です(『希望の教育 平和の行進』第三文明社)。

博士が運動に身を投じたのは、大学院生だった頃、マーティン・ルーサー・キング博士の自宅を訪れたことがきっかけでした。

当時、アメリカでは、バス・ボイコット運動を機に差別撤廃を求める動きが広がる一方で、黒人の大学生が登校停止になったり、黒人の生徒が高校の入学を拒否され続けるなど、南部の州を中心に緊張が高まっていました。

シカゴにいたハーディング博士は、黒人と白人のキリスト教徒が協力し合う活動に参加していましたが、そのうち、仲間の間で次のような自問が広がるようになったといいます。

「もし我々が、黒人と白人が兄弟姉妹として一緒に暮らすことが違法で危険な南部に住んでいたなら、我々はどう行動するだろうか。重大なトラブルに巻き込まれても信念を貫き、互いの関係を守ることができるだろうか」

そこで博士たちは「それなら、南部へ行ってみよう」と決断し、2人の黒人と3人の白人の5人組で車に乗り込みました。

最初に立ち寄ったアーカンソー州で目にしたのは、入学拒否にあった生徒を支援する中心者の家に向けられていた非道な脅迫の実態だったといいます。

差別に反対する人々への暴力が続いていたミシシッピ州を通り抜け、アラバマ州に着いた時、キング博士はナイフで刺される事件に遭ってまもない頃で、モンゴメリーの自宅で安静を余儀なくされていた状態でした。

それでもコレッタ夫人は来訪を大変に喜び、キング博士との面会が実現しました。

その時の出会いを回想して、ハーディング博士は語っていました。

「モンゴメリーで初めて出会ったとき、私たち二人の黒人と三人の白人の五人組が『兄弟』として、南部での旅を試みていることに、キングはとくに感銘を受けていました」

「というのも、彼の主要な目標の一つは、単に黒人のために法的な権利を確立することではなく、それを超えて、彼が『愛に満ちた共同体』と呼んでいた〝同じ人間としての根本的なつながり〟を再発見できる場を創ることにあったからです」と。

もちろん、キング博士にとって、新たな法律の制定を後押しし、平等と社会的公正を実現する道を開くことは、何としても勝ち取らなければならないものでした。公民権法のような法律の整備は、差別や抑圧の(まん)(えん)を阻止するための社会の礎として、絶対に欠かせないものだからです。

その上でキング博士の眼差しは、根強い偏見や感情的なしこりを取り除く努力、そしてさらに、ハーディング博士の表現を借りれば、「黒人や白人、そしてあらゆる人々が一緒になって、〝共通の善〟のための〝共通の基盤〟を見いだすことのできる『アメリカ』を創ること」に向けられていたのです。

公民権運動が大きなうねりとなり、二人の出会いから5年後(1963年8月)にワシントン大行進が実現した時には、人種の違いを超えて多くの人々が参加しました。

キング博士は、その大勢の人々の思いを代弁するかのように、こう述べています。

「その日首都に旅してきたおよそ二十五万人の人々の中には多くの高官や名士たちがいた。しかし真に人々の心を揺り動かす感動は、一意専心自分たちの時代に民主主義の理念に到達しようと決意して、堂々と立ち尽くしていた普通の一般大衆からやってきた」(クレイボーン・カーソン編『マーティン・ルーサー・キング自伝』梶原寿訳、日本基督教団出版局)

そこに集った人々の胸に脈打っていたのは、自由と平等への思いを共にする中で社会に巻き起こしてきた一つ一つの変化に対する〝分かちがたい喜び〟ではなかったでしょうか。キング博士の言葉に「旅」とありますが、私は、その当日だけでなく、そこに至るまでの日々というプロセスの中でさまざまな労苦を重ねてきたからこそ、多くの人々の胸に迫る万感の思いがあったと感じるのです。

であればこそ、多くの白人が参加しただけでなく、キング博士が当時の記者の見解として特筆していた、「平和時におけるこの国のどんな問題よりも、米国の三大宗教信仰を近づけた」という歴史的な連帯が築かれたのだと思えてなりません。

8回にわたって共同声明を発表

テーマは異なりますが、SGIが核兵器の禁止を目指す中、さまざまな信仰を背景とする団体と協力し、宗教コミュニティーとしての共同声明を発表してきたのも、民衆の連帯によって時代変革の波を起こしていかねばならないとの一意専心の思いからでした。

くしくも、その連帯を築く出発点となったのは、アメリカのワシントンで2014年4月に開催した宗教間シンポジウムです。

キリスト教、イスラム教、ユダヤ教、仏教を信仰する人々が集まり、核兵器の問題について語り合った末に、14団体の宗教者の署名による共同声明を発表したのです。

以来、同年12月にウィーンで行われた核兵器の人道的影響に関する国際会議をはじめ、2015年のNPT再検討会議や、2016年の核軍縮に関する国連公開作業部会、そして昨年の核兵器禁止条約の交渉会議など、重要な節目ごとに宗教コミュニティーとしてその場に臨み、8回にわたって共同声明を積み重ねてきました。

私たちは宗教の垣根を越えた使命感を共有していますが、連帯の紐帯はそれだけではありません。力を合わせて挑戦を前に進めること自体に、何よりの喜びを感じてきたのです。

SGIは、昨年11月にバチカン市国で行われた、核兵器のない世界への展望を巡る国際会議にも参加しました。

フランシスコ教皇は、核兵器の使用だけでなく核兵器の保有そのものについても明確に非難し、核兵器は誤った安全保障観をつくり出すだけで、「連帯の倫理」こそが平和的な共存の基盤になると訴えました。

また、核兵器禁止条約の交渉会議で多くの国々が核兵器の非人道性を踏まえて示したような「健全なリアリズム」の重要性を強調しましたが、私も深く同意するものです。

人類の歴史開く民衆の連帯を!

振り返れば、私が核兵器禁止の合意形成を強く呼び掛けたのは、今から50年前、キング博士が亡くなった翌月のことでした。

それだけに、キング博士が最後に行った講演の一節は、ひときわ胸に残っています。

博士は講演で、〝もし人間の全歴史を眺めることができるとしたら、どの時代に生きたいか〟と自問する中で、ルネサンスの時代や、リンカーンが奴隷解放宣言の署名を決断した時など、多くの出来事を見たいが、そこで立ち止まらずに、あくまで自分が生きている時代に立ち会いたいとし、こう述べました。

「さてこれは奇妙な発言だと思われることでしょう。なぜなら今世界はめちゃくちゃになっているからです。国は病んでおり、地には悩みがあり、どこにも混乱があります。たしかにこれは奇妙な発言です。しかしどういうものか、私は真っ暗な時にこそ、星はよく見えることを知っています」

「そして私がこの時期に生きることを幸せと思うもう一つの理由は、われわれは人々が歴史を通じて取り組もうとしてきた地点に、どうしても来ざるをえないようにさせられているからです」(前掲『マーティン・ルーサー・キング自伝』)と。

(ひるがえ)って現在、人権文化の建設に国連と市民社会が協働して取り組む流れが形づくられようとする一方で、世界の民衆の「生命の権利」を守る核兵器禁止条約の発効に向けて正念場を迎えるこの時、キング博士の言葉を今一度かみしめるべきではないでしょうか。

私たちの眼前には、人類史を画する挑戦の舞台が大きく広がっています。

すべての人々が尊厳をもって生きられる平和と共生の地球社会という「新しい現実」を創造することは決して不可能ではなく、その挑戦を成し遂げる原動力は民衆の連帯にあると、私は確信してやまないのです。