2018年のSGI提言

日本と中国の自治体が連携し 地球温暖化の対策を強化

第16段
日本と中国の自治体が連携し 地球温暖化の対策を強化

多くの都市がパリ協定を支援

最後に第三のテーマとして、国連のSDGsの取り組みを加速させるための提案をしたい。

SDGsでは、貧困や飢餓や教育をはじめ17分野にわたる目標が掲げられていますが、この中で近年、国際協力の枠組みづくりが進んできたのは、気候変動の分野です。

昨年11月、地球温暖化を防止するためのパリ協定に、唯一の未参加国だったシリアが批准しました。

脱退の意向を示しているアメリカの今後の動向が課題として残るものの、世界のすべての国が温室効果ガスの削減に共同して取り組む体制が整ったのです。

近年、異常気象が各地で相次いでいますが、その脅威と無縁であり続けることができる場所は、地球上のどこにもありません。干ばつと洪水による被害や海面上昇の影響などで住み慣れた場所を追われる「気候変動難民」の数も増加しています。温暖化に歯止めがかからなければ、最悪の場合、2050年までに10億人が移住を強いられるとの予測もあります。パリ協定は、そうした深刻な脅威から多くの人々の生活と尊厳を守る命綱となるだけでなく、将来の世代のために持続可能な社会を築く土台となるものです。

発効から4年以内(2020年11月まで)は、どの国も脱退できない仕組みとなっており、アメリカがこのままパリ協定の枠組みにとどまって、各国と共に目標の達成に向けて行動することが強く望まれます。

温暖化の防止はもとより難題ですが、私が大きな希望を感じるのは、各国の自治体の間で意欲的な動きが広がっていることです。例えば、全米市長会議は「各都市の調達電力を2035年までに全て再生可能エネルギーにする」との決議を行っています。また、フランスのパリで2030年以降に市内を走行できる自動車を電気自動車に限定する計画があるほか、スウェーデンのストックホルムは2040年までの化石燃料の使用廃止を目指しています。

昨年6月には、世界の140に及ぶ大都市の市長が集まった総会で、国際的な政治状況に左右されることなく、都市がパリ協定の実施に率先して取り組むことを約束するモントリオール宣言が発表されました。

このように、共通のリスクでありながらも、国益がぶつかり合う課題において、多くの自治体が〝パリ協定を後押しすることは、自分たちの住む地域を守ることにつながる〟との意識を持って、積極的な行動に踏み出しているのです。自治体同士の経験を共有しようとする動きも始まっており、ヨーロッパでは、ドイツの主導で気候保全をテーマにした都市交流が進められることになりました。

温室効果ガスの排出量が多い北東アジアでも、同様の連携を強めることが急務ではないでしょうか。そこで私は、合計で世界の排出量の約3割を占める日本と中国が連携し、「気候保全のための日中環境自治体ネットワーク」の形成を目指すことを提唱したい。

日本では、環境未来都市と環境モデル都市に指定された自治体を中心に、温暖化防止の対策が積極的に行われてきました。中国でも、太陽光発電の導入量が世界一になるなど、多くの地域で再生可能エネルギーの導入が進んでいます。

ネットワークづくりにあたっては、まず手始めに、国連が3年前に立ち上げた気候中立のイニシアチブに、温暖化防止に意欲的に取り組んできた日本と中国の自治体が登録していく方法もあると思います。

すでに東京都と北京市、神戸市と天津市、北九州市と大連市といったように、環境分野での自治体提携の実績もあります。そうした自治体同士の経験の共有や技術協力などを日中両国で積み重ねる中で、自治体協力の輪を他の北東アジア諸国の間にも広げていってはどうでしょうか。

大学の提携や青年交流が拡大

今や両国の人的往来は年間で約900万人に達し、自治体の姉妹提携の数も363にのぼります。

私が日中国交正常化の提言をしたのは50年前(1968年9月)でしたが、当時は貿易の継続さえ危ぶまれたほどの険悪な状態で、日中友好を口にするだけでも厳しい批判にさらされただけに隔世の感があります。

1万数千人の学生たちが集まった総会で、私は呼び掛けました。

「国交正常化のためには、それに付随して解決されなければならない問題がたくさんある」「これらは、いずれも複雑で困難な問題であり、日中両国の相互理解と深い信頼、また、何よりも、平和への共通の願望なくしては解決できない問題である」

「国家、民族は、国際社会のなかで、かつてのように利益のみを追求する集団であってはならない。広く国際的視野に立って、平和のため、繁栄のため、文化の発展・進歩のために、進んで貢献していってこそ、新しい世紀の価値ある民族といえるのである」と。

この50年間で、日本にとって中国は最大の貿易国となり、中国にとっても日本はアメリカに次ぐ2番目の貿易国となりました。日本の大学の間で最大の提携先となっているのも、中国の大学です。

私が創立した創価大学は、国交正常化後の1975年に、中国からの国費留学生を初めて受け入れた日本の大学となりましたが、現在では、両国の大学の交流協定は4400を超えるまで拡大しています。

日中平和友好条約の締結の翌年(1979年)からは青年親善交流事業が始まり、若い世代が友好を深める機会が設けられてきました。

創価学会でも、1979年に青年部の訪中団を派遣して以来、青年同士の往来が続いており、1985年には中華全国青年連合会(全青連)と議定書を結んで交流を定期的に行う中、昨年も11月に青年部の交流団が訪中して(ゆう)()の絆を強め合ったところであります。

このように両国の交流は大きく広がり、多くの分野で協力が進んできました。

今年で日中平和友好条約の締結40周年を迎えます。

その佳節を機に、これまで積み上げてきた〝両国の関係を深めるための協力〟を基盤としながら、「地球益」や「人類益」のための行動の連帯を図る挑戦を、大きく前に進めるべきではないでしょうか。

温暖化防止と持続可能な都市づくりは、いずれもSDGsの重点課題であり、若い世代の情熱と創造力を最大の原動力としながら、北東アジアをはじめ、世界全体のモデルとなる事例を共に積み上げていくことを、強く呼び掛けたい。