2019年のSGI提言

生存の権利を守る信念に立脚した 戸田会長の「原水爆禁止宣言」

第3段
生存の権利を守る信念に立脚した 戸田会長の「原水爆禁止宣言」

三車火宅の譬え

一方、この「ゲッティンゲン宣言」と同じ年に、仏法者としての信念に基づいて「原水爆禁止宣言」を発表したのが、私の師である戸田第2代会長でした。

戸田会長は、当時高まっていた核実験禁止運動の重要性を踏まえつつも、問題の根本的な解決には、核兵器を正当化する安全保障の根にある思想を断ち切る以外にないとして、「その奥に隠されているところの爪をもぎ取りたい」(『戸田城聖全集』第4巻)と訴えました。

世界の民衆の生存の権利を守るとの一点に立脚して、その権利を脅かすことは誰であろうと許されないと訴え、国家の安全保障という高みに置かれていた核兵器の問題を、すべての人間に深く関わる〝生命尊厳〟の地平に引き戻すことに、「原水爆禁止宣言」の眼目はあったのです。

私が核廃絶の運動に取り組む中で、「核時代に終止符を打つために戦うべき相手は、核兵器でも保有国でも核開発国でもありません。真に対決し克服すべきは、自己の欲望のためには相手の殲滅も辞さないという『核兵器を容認する思想』です」と訴えてきたのも、その師の信念を継いだものに他なりません。

思い返せば、「原水爆禁止宣言」の発表から1年が経った時(1958年9月)、私は戸田会長の師子吼を反芻はんすうしながら、「火宅を出ずる道」と題する一文を綴ったことがあります。

火宅とは、法華経の「三車火宅の譬え」から用いた言葉で、そこには、こんな話が説かれています。

ある長者の家が、突然、火事に見舞われた。しかし屋敷が広大なこともあり、子どもたちは一向に危険に気づかず、驚きも恐れもしていない。そこで長者は、「外に出よう」という気持ちを子どもたちが自ら起こせるように働きかけて、全員を火宅から無事に救出することができた――という話です。

私は、その説話に触れた一文の中で、「原水爆の使用は、地球の自殺であり、人類の自殺を意味する」と強調しました。核兵器はまさに、すべての国の人々に深く関わる脅威であり、その未曽有の脅威に覆われた〝火宅〟から抜け出す道を共に進まねばならないとの思いを込めて、その言葉を綴ったのです。

この説話が象徴するように、何よりも重要なのは、すべての人々を救うことにあります。

その意味で、グテーレス事務総長が主導した「軍縮アジェンダ」で、長らく論議の中核を占めてきた〝安全を守る〟という観点だけでなく、「人類を救うための軍縮」「命を救う軍縮」「将来の世代のための軍縮」との三つの立脚点が新たに打ち出されたことに、深く共感するものです。