2019年のSGI提言

戦争の悲劇を繰り返させない

第5段
戦争の悲劇を繰り返させない

ジュネーブ諸条約に込められた決意

今から70年前(1949年)に締結され、国際人道法の重要な原則を定めたジュネーブ諸条約には、このベクトルに相通じるような条約制定への思いが込められていたと感じます。

ジュネーブ諸条約は、妊婦をはじめ、子どもや女性、高齢者や病人を保護する安全地帯の設置などを求めて、第2次世界大戦の末期に赤十字国際委員会が準備作業に着手していたものでした。

戦後、交渉会議に参加した国々は、条約の採択に際し次の表明を行いました。

「各国政府は将来にわたり、戦争犠牲者の保護のジュネーブ諸条約を適用しなければならないことのないよう、また各国は強大国であろうと弱小国であろうと常に諸国間の相互理解と協力により紛争を友好的に解決することを希望する」(井上忠男『戦争と国際人道法』東信堂)

つまり、条約に対する違反行為を共に戒めるといった次元にとどまらず、条約の適用が問われるような、多くの人命が奪われる事態を未然に防ぐとの一点に、条約の制定を導いた思いが凝縮していたのです。

多くの人々が目の当たりにした戦争の残酷さと悲惨さが、交渉会議の参加者の間にも皮膚感覚として残っていたからこそ、国際人道法の基盤となる条約は、強い決意をもって採択されたのではないでしょうか。

私は、この条約の原点を常に顧みることがなければ、条文に抵触しない限り、いかなる行為も許されるといった正当化の議論が繰り返されることになると、強く警告を発したい。

まして現在、AI兵器と呼ばれる「自律型致死兵器システム(LAWS)」の開発が進む中で、〝人間が直接介在せずに戦闘が行われる紛争〟の到来さえ、現実味を帯びようとしています。このままではジュネーブ諸条約に結実した国際人道法の精神が十全に発揮されなくなる恐れがあり、私たちは今こそ、「平和不在」の病理を克服する挑戦を大きく前に進めねばならないと思うのです。

そのために重要な足場となるのが、「平和不在」の病理に対する認識を互いに持ちながら、治癒のあり方を共に探ること――すなわち、「平和な社会のビジョン」を共有していくことではないでしょうか。

核兵器禁止条約が持つ歴史的な意義

私は、このビジョンの骨格となるものを打ち出した軍縮国際法の嚆矢こうしこそ、核兵器禁止条約に他ならないと訴えたい。

核兵器禁止条約は、軍縮や人道の範疇だけに収まる国際法ではありません。

国際人道法の名づけ親と言われる赤十字国際委員会のジャン・ピクテ元副委員長は、国際人道法の規則を構成する条文は「人道的な関心を国際法へ転換したもの」(前掲『戦争と国際人道法』)であると強調していました。

被爆者をはじめとする多くの民衆の〝核兵器による惨劇を繰り返してはならない〟との思いを凝縮した核兵器禁止条約は、まさにその系譜に連なるものだといえましょう。

さらに、核兵器禁止条約は、新しい国際法のあり方として注目されている、「ハイブリッド型国際法」の性格も帯びています。

これは気候変動の分野で提起されてきたもので、人権や強制移住の問題と連動させる形での問題解決を志向した、思考の枠組みの転換を促す条約のアプローチです。

そうした地球的な課題の連関性をより幅広く包摂したのが、核兵器禁止条約であると思うのです。

国家の主権に深く関わる安全保障であっても、「環境」「社会経済開発」「世界経済」「食糧安全保障」「現在及び将来の世代の健康」、そして「人権」と「男女双方の平等」のすべての重みを踏まえたものでなければならないとの方向性を明確に打ち出しているからです。

いずれの課題に対する配慮を欠いても、真の安全保障を確保することはできない――その意識の共有が土台になければ、核軍縮の交渉といっても、保有数のバランスばかりに目が向いて、軍備管理的な意味合いから抜け出すことは難しいのではないでしょうか。

その意味で、核兵器禁止条約は、長年にわたる核軍縮の停滞を打ち破るための基盤を提供するだけではありません。

核兵器禁止条約を支持する連帯の輪を広げる中で、①すべての人々の尊厳を守り合う「人権」の世界、②自他共の幸福と安全を追求する「人道」の世界、③地球環境と未来の世代に対する責任を分かち合う「共生」の世界への道を力強く開いていくことに、最大の歴史的な意義があると訴えたいのです。