2019年のSGI提言

安心感と未来への希望を育む 「人間中心の多国間主義」を

第6段
安心感と未来への希望を育む 「人間中心の多国間主義」を

不十分な状態続く人道危機への対応

次に、軍縮を進めるための第二の足場として提起したいのは、「人間中心の多国間主義」を共に育むことです。

「人間中心の多国間主義」は、深刻な脅威や課題に直面している人々を守ることに主眼を置くアプローチで、昨年8月に行われた国連広報局/NGO(非政府組織)会議の成果文書でも、その重要性が強調されていたものです。

SDGsの取り組みを前進させるために欠かせないアプローチですが、私は、この追求がそのまま、軍拡の流れを軍縮へと大きく転換する原動力となっていくに違いないと考えます。

国連のグテーレス事務総長が「軍縮アジェンダ」の発表にあたって警鐘を鳴らしていたように、世界全体の軍事支出が増加する一方で、人道危機への対応のために必要な支援が不十分となる状態が続いています。

災害だけをみても、毎年、2億人以上の人々が被災しているといわれます。

飢餓の問題も深刻です。8億2100万人が飢餓に見舞われ、栄養不良で発育が阻害されている5歳未満の子どもは約1億5100万人に及んでいます。

この問題を考えるにつけ、〝そもそも安全保障は何のためにあるのか〟との原点に立ち返る必要があると思えてなりません。

そこで言及したいのは、国連大学のハンス・ファン・ヒンケル元学長が「人間の安全保障」に関する論考で述べていた言葉です。

ヒンケル氏は、安全保障はさまざまな要因が関係するために複雑にみえるものの、一人一人の目線に立てば、何が脅威で、何を不安に感じるのかは明白に浮かび上がってくるとし、次のように指摘しました。

「世界の大多数の人々にとって、従来の安全保障が、個人レベルにおいて意味のある安心感を提供できなかったことは明白である」

「国際関係と外交政策の決定過程には、疾病や飢餓や非識字よりも、ハイ・ポリティクスを優先する態度や制度が埋め込まれている。私たちは、このようなあり方にあまりにも慣れてしまっており、多くの人にとって『安全』は国家の安全保障と同義になっている」

「ハイ・ポリティクス」とは政治上の最優先事項を意味する言葉ですが、国家の安全保障の比重に比べて、一人一人の生命と生活を脅かす諸課題への対応が遅れがちになる中で、世界の多くの人々が「意味のある安心感」を得られていない状況が生じているのではないかと、ヒンケル氏は問題提起したのです。

またヒンケル氏は別の講演で、極度の貧困に陥った人々の窮状について、こう述べていました。

「一日一日の生存さえ――まさしく『一日一日』であって、『一時間一時間』とさえいいうるのだが――保証されないとしたら、人はいかにして生活に喜びや意味を見い出したり、人間的尊厳を維持しながら生活を送ることができるだろうか。明日を迎えるのが精一杯というような生活が主たる関心事であるとしたら、人はいかにして未来に懸け、他者との絆を築くことができるだろうか」(「疎外、人間の尊厳、責任」、「日本国際問題研究所創立40周年記念シンポジウム報告書」所収)と。

私はそこに、従来の安全保障では見過ごされてきた人々の苦しみの深刻さを、痛切に感じるのです。

その辛い思いは、貧困や格差に苦しむ人々だけでなく、紛争のために難民生活を強いられた人々や、災害によって避難生活を余儀なくされた人々をはじめ、世界の多くの人々が抱えているものではないでしょうか。

アフリカで広がる画期的な難民支援

その意味で私は、同じ地球に生きる一人一人が「意味のある安心感」を抱くことができ、未来への希望を共に育んでいける世界を築くことこそ、「人間中心の多国間主義」の基盤にあらねばならないと訴えたい。

とはいっても、この挑戦はゼロからの出発ではありません。多くの深刻な問題に直面してきたアフリカで、意欲的な取り組みが始まっているアプローチだからです。

その契機となったのが、2002年のアフリカ連合(AU)の発足でした。

人道危機に対応するための協力が模索される中、7年前には「AU国内避難民条約」が発効しています

これは他の地域には見られない先駆的な条約で、国内避難民の保護を地域全体で支えることを目指したものです。

また、難民支援の面でも特筆すべき動きがみられます。

例えばウガンダでは、南スーダンなどの紛争国から逃れた110万人もの難民を受け入れてきましたが、難民の人々は移動の自由と労働の機会が認められているほか、土地の提供を受け、医療や教育も受けられるようになっています。

ウガンダの多くの国民が紛争の被害に苦しみ、難民生活を送った経験を持ち、その時の思いが、難民の人々を支える政策の基盤となっているのです。

このほか、タンザニアでも注目すべき取り組みがありました。

タンザニアでは、周辺の国々から避難した30万人以上の難民の人々が生活していますが、その難民の人々と地域の住民が協力して、苗木を栽培する活動が行われてきたのです。

この活動は、薪を得るために森林伐採が進み、自然環境の悪化が懸念される中で始まったもので、難民キャンプとそのキャンプがある地域に約200万本の木々が植えられてきました。

アフリカの大地に新たに植えられた、たくさんの緑の木々――。その光景を思い浮かべる時、私の大切な友人で、アフリカに植樹運動の輪を広げたワンガリ・マータイ博士が述べていた言葉が胸に迫ってきます。

「木々は土地を癒し、貧困と飢えのサイクルを断ち切る一助になります」

「そして、木々は素晴らしい平和のシンボルです。木々は生き、私たちに希望を与えてくれます」(アンゲリーカ・U・ロイッター/アンネ・リュッファー『ピースウーマン』松野泰子・上浦倫人訳、英治出版)

難民の人々にとって、新しく生活を始めた場所で栽培を手伝った木々の存在は生きる希望の象徴となり、「意味のある安心感」につながるものとなっているのではないでしょうか。

私は、〝最も苦しんだ人こそが最も幸せになる権利がある〟との信念に基づき、21世紀は必ず「アフリカの世紀」になると、半世紀以上にわたって訴え続けてきました。

世界で求められている「人間中心の多国間主義」のアプローチの旭日は、今まさにアフリカから昇ろうとしているのです。