2019年のSGI提言

自分にしかできない行動が 厳しい現実を突き破る力に

第9段
自分にしかできない行動が 厳しい現実を突き破る力に

立正安国論の精神

釈尊の教えの精髄である法華経に基づき、13世紀の日本で仏法を展開した日蓮大聖人が、「立正安国論」において、社会の混迷を深める要因として剔抉てっけつしていたのも、〝あきらめ〟の蔓延まんえんでありました。

当時は、災害や戦乱が相次ぐ中で、多くの民衆が生きる気力をなくしていました。その上、自分の力で困難を乗り越えることをあきらめてしまう厭世観に満ちた思想や、自己の心の平穏だけを保つことに専念するような風潮が社会を覆っていました。

その思想と風潮は、法華経に脈打つ教えとは対極にあるものに他なりませんでした。法華経では、すべての人間に内在する可能性をどこまでも信じ、その薫発と開花を通じて、万人の尊厳が輝く社会を築くことを説いていたからです。

度重なる災害で打ちひしがれている人々の心に希望を灯すには何が必要なのか。紛争や内戦を引き起こさないためには、どのような社会の変革が求められるのか――。

大聖人はその課題と徹底して向き合いながら、「如かず彼の万祈を修せんよりは此の一凶を禁ぜんには」(御書24ページ)と訴え、〝あきらめ〟の心を生じさせる社会の土壌に巣くう病根を取り除く重要性を強調しました。

社会の混迷が深いからといって、あきらめるのではない。人間の内なる力を引き出して、時代変革の波を共に起こすことを呼び掛けたのが、大聖人の「立正安国論」だったのです。

私どもは、この大聖人の精神を受け継ぎ、牧口初代会長と戸田第2代会長の時代から今日に至るまで、地球上から悲惨の二字をなくすために行動する民衆の連帯を築くことを社会的使命としてきました。

こうした仏法の源流にある釈尊の苦に関する洞察について、「厭世的な気分というものはない」(『佛陀と龍樹』峰島旭雄訳、理想社)と評したのは、哲学者のカール・ヤスパースでした。

ヤスパースの著作の中に、〝あきらめ〟を克服するための方途を論じた考察があります(『実存開明』草薙正夫・信太正三訳、創文社)。

一人一人の人間が直面する逃れられない現実を「限界状況」と名づけたヤスパースは、「現存在としてわれわれは、限界状況の前に眼を閉ざすことによってのみ、それらを回避することができる」が、それは自身の内なる可能性を閉ざすことになると指摘しました。

私が重要だと感じたのは、ヤスパースが、限界状況といっても一人一人の人間にとって個別具体的なものであるからこそ、そこに打開の糸口を見いだせると洞察していた点です。

つまり、人間はそれぞれ、生まれや環境といった異なる人生を背負っており、その制約によって生きる条件が狭められるものの、限界状況を自覚して正面から向き合うことを決断すると、他の誰かとは代替できない個別の境遇という「狭さ」を、本来の自分に生きゆく生の「深さ」へと転換することができる、と。

その上でヤスパースは、「このような限界状況にあっては、客観的な解決などというものは永久にあるわけでなく、あるものは、その都度の解決だけである」と訴え、だからこそ自分自身でなければ起こすことのできない一回一回の行動の重みが増してくると強調したのです。

共存の道を開く

このヤスパースの呼び掛けは、冷戦時代から平和と共存の道を開くために行動してきた私自身の思いとも重なるものです。

冷戦対立が激化した1974年に、中国とソ連を初訪問した私に浴びせかけられたのは、「宗教者が、何のために宗教否定の国へ行くのか」との批判でした。

しかし私の思いは、平和を強く願う宗教者だからこそ、中日友好協会やモスクワ大学から受けた中国やソ連への招聘という機縁を無にすることなく、何としても友好交流の基盤を築きたいとの一点にありました。

〝このようにすれば必ず成功する〟といった万能な解決策など、どこにもなかった。まさに、それぞれが「一回限りの状況」というほかない出会いと対話を誠実に重ねながら、教育交流や文化交流の機会を一つまた一つと、手探りで積み上げてきたのです。

冷戦終結後も、どの国の人々も孤立することがあってはならないと考え、アメリカとの厳しい対立関係にあったキューバや、テロ問題に直面していたコロンビアなどを訪問してきました。自分は何もできることはないとあきらめるのではなく、〝宗教者や民間人だからこそできることは必ずあるはずだ〟との信念で各国に足を運んできたのです。

また、35年以上にわたって平和と軍縮のための提言を続け、市民社会の連帯を広げるための行動を重ねてきました。

その大きな目標であった核兵器禁止条約が実現をみた今、私は自らの経験を踏まえて、世界の青年たちに呼び掛けたい。

一人一人が皆、尊極の生命と限りない可能性を持った存在に他ならず、国際社会の厳しい現実を、動かし難いものとして甘受し続けなければならない理由はどこにもない!――と。

エスキベル博士と共同で出した声明

昨年6月、世界の青年に向けて発表した、人権活動家のアドルフォ・ペレス=エスキベル博士との共同声明でテーマに掲げたのも、「もう一つの世界は可能である」との信念であり、私たちはこう訴えました。

「幾百万、幾千万もの人々が、戦争や武力衝突の暴力、飢えの暴力、社会的暴力、構造的な暴力によって、生命と尊厳を脅かされている。困窮している人々に連帯し、その窮状を打開するために、我々は両手だけでなく、考え方と心を大きく広げなければならない」

共同声明で言及したように、そのモデルとなる挑戦こそ、若い世代の情熱と豊かな発想力によって核兵器禁止条約の採択を後押しし、ノーベル平和賞を受賞したICAN(核兵器廃絶国際キャンペーン)の取り組みでした。

CANの発足以来、国際パートナーとして共に行動してきたSGIでも、中核を担ってきたのは青年部のメンバーです。

SGIでは2007年から「核兵器廃絶への民衆行動の10年」の活動を立ち上げ、日本の青年部を中心に核兵器廃絶を求める512万人の署名を集めました。

イタリアでも、青年部を中心に「センツァトミカ(核兵器はいらない)」キャンペーンに協力し、同国の70都市以上で意識啓発のための展示を開催してきました。またアメリカでは学生部が、2030年までに核兵器廃絶を目指す「私たちの新たな明るい未来」と題する対話運動を、全米各地の大学などを舞台に活発に行ってきました。

これらの活動の一部は、国連に昨年提出した報告書でも紹介したところです。

安全保障理事会が2015年に採択した「2250決議」では、青年が平和構築と安全保障に貢献している事例を調査し、安保理と加盟国に報告するよう定めており、私どもの青年部の活動は、その「2250決議」に関する進捗研究でも言及されています。

青年部がまとめた報告書では、SGIの「核兵器廃絶への民衆行動の10年」の取り組みを総括して、次のように記しています。

「青年たちが運動に加わることで、核兵器の問題を意識していない人々にも裾野が広がり、すでに運動に参加している人々に更なる活力を与える波及効果がある」

人々の心に時代変革の思いを呼び起こし、共に強め合う――私は、その「共鳴力」の発揮に、青年の真骨頂があると訴えたい。

核兵器禁止条約の早期発効はもとより、その発効の先にある大きな課題、すなわち、核保有国や核依存国の参加を促し、核兵器の廃棄を前に進めるには、世界的な関心と支持を喚起し、維持し続けることが欠かせず、青年たちによる力強い関与がその生命線となるのではないでしょうか。

以上、私は軍縮を進めるための三つの足場をそれぞれ提起してきましたが、この青年たちが発揮する「共鳴力」こそ、他の二つの足場をも堅固に鍛え上げていく、すべての足場の要となるものであると強調したいのです。