2019年のSGI提言

NPT再検討会議を機に 高度警戒態勢の解除を

第12段
NPT再検討会議を機に 高度警戒態勢の解除を

第6条の誓約が盛り込まれた経緯

次に第二の提案として、核軍縮の大幅な前進を図るための方策について述べたい。

核兵器禁止条約に先駆ける形で制定され、全面的な核軍縮の交渉義務を定めたNPTが発効してから、来年で50周年を迎えます。

今や191カ国が参加し、軍縮に関する国際法の中で最も普遍的といわれるNPTですが、歴史を振り返れば、条約の交渉が始まった時には、非保有国の条約への参加は、ごくわずかなものに終わってしまう恐れがありました。

1962年のキューバ危機で核戦争の恐怖を痛感した米ソ両国は、当時、5カ国に広がった核拡散に歯止めをかけるため、NPTの草案を提出したものの、核軍縮に関する規定が入っていなかったからです。

その後、交渉の過程で、非保有国の主張を踏まえる形で、核保有国が完全な核軍縮に向けて誠実に交渉するという第6条の誓約が盛り込まれることになりました。つまり、核拡散への強い危機感を抱いていた核保有国に対し、非保有国が核軍縮の誓約を信頼して歩み寄る中で、NPTの体制をスタートさせることができたのです。

以来、半世紀が経ち、冷戦時代のピーク時に比べて核兵器の数は減少してきたとはいえ、いまだ世界には1万4465発の核兵器が存在するといわれます。

しかも、これまで核軍縮の条約が結ばれてきたのはアメリカとロシアの2国間のみで、多国間の枠組みを通じて廃棄された核兵器は一つもないのが現状です。

また、保有数ではなく性能の面からいえば、核兵器の近代化が進み、むしろ軍拡傾向が強まっていると言わざるを得ません。

この点、「平和不在」の病理の問題を考察していた物理学者のヴァイツゼッカー博士が、NPTの交渉が本格化する直前(67年7月)に、未来を見据えた懸念を述べていたことが思い起こされます。

「この種のあらゆる協定は、まだなんらかの不十分さを持っています。それらは、うまくいくばあいには、新たな危険源の発生を妨げ、共同作業の訓練として有効です。しかしそれらは、現存の軍備を撤廃しないで、個別に見るばあい、その中に横たわっているすべての未解決の問題とともに、現状スタトウス・クヴォを固定してしまいます」(『心の病としての平和不在』遠山義孝訳、南雲堂)

確かに、キューバ危機の後にケネディ大統領が恐れていた、核保有国が25カ国にまで増えるといった最悪の事態は、NPTの存在によって防ぐことができたといえましょう。

しかし核軍縮の面から総括してみれば、ヴァイツゼッカー博士が懸念していた通り、未解決の問題を抱えたままで現状を固定する傾向があったことは否めないのではないでしょうか。

冷戦終結後の95年にNPTの無期限延長が決まった際、その鍵を握ったのも、第6条の誓約だったことを想起する必要があります。

この時の文書には、「NPTに規定される核軍縮に関する約束は、断固として履行されるべきである」と明記されており、無条件での延長を意味するものではなかったのです。

そうであればこそ、その後の2000年から15年までの4回にわたる再検討会議でも、第6条の履行を求める声が各国から繰り返し訴えられてきたのだといえましょう。

発効50周年の意義を持つ来年の再検討会議では、長年の停滞を破るためにNPT制定の原点に立ち返り、第6条の誓約に焦点を当てた討議を行うことが求められます。

その意味で私が着目したのは、昨年の準備委員会で北欧5カ国が出した声明です。

そこでは、中距離核戦力(INF)全廃条約を巡るアメリカとロシアの対立を念頭に置きつつ、「我々は力を合わせてNPTの妥当性を維持・強化し、その弱体化につながるいかなる措置も慎まねばならない」と述べ、〝何が各国を結び付けているのか〟に焦点を当てる必要があるとの主張がなされました。

また、2010年の再検討会議で共通認識として示された、「核兵器の使用がもたらす壊滅的な人道上の結果への深い懸念」に目を向けることを訴えていたのです。

フィンランドとスウェーデンのほか、北大西洋条約機構(NATO)に属するデンマーク、ノルウェー、アイスランドという核依存国が加わった声明で、こうした呼び掛けがされた意味は大きいと思います。

このNATOの加盟国が集まり、昨年10月に開催された大量破壊兵器の軍縮に関する年次会合で、国連の中満泉・軍縮担当上級代表が一つの提案をしました。

来年のNPT再検討会議の冒頭に、閣僚会合を行って政治宣言の採択を目指すことを、可能性のある選択肢として考慮に入れてもよいのではないかとの提案です。

この提案に、私も全面的に賛同します。

閣僚会合での宣言を通し、〝NPTの何が各国を結び付けているのか〟を改めて明確に示すことが大切だと思うからです。

NPTの前文には、核戦争の危険を回避するためにあらゆる努力を払うことと、「核兵器の製造を停止し、貯蔵されたすべての核兵器を廃棄し、並びに諸国の軍備から核兵器及びその運搬手段を除去する」ために各国間の信頼を強化する重要性が記されています。

閣僚会合で、この前文の精神と、「核兵器の使用がもたらす壊滅的な人道上の結果への深い懸念」を再確認した上で、発効50周年を踏まえた宣言として、核軍縮を本格的に前に進める誓いを表明すべきではないでしょうか。

核抑止がもたらす本質的な危うさ

その上で私は、核軍縮への方向転換を明確に示すものとして、来年に行われるNPT再検討会議の最終文書において、「核兵器の役割低減」の具体的措置を討議する国連公開作業部会の設置勧告を盛り込むことを呼び掛けたい。

広島と長崎への原爆投下以降、73年にわたって「核兵器の不使用」という状況が続いてきたことに加え、近年は核保有国やNATOの間でも、核兵器の軍事的有用性が低下してきたことを認めるようになってきました。

冷戦終結前から叫ばれてきたように〝核戦争に勝者はない〟ことは明白であり、軍事的有用性の低下への認識も広がる中で、核兵器に安全保障を依存し続けなければならない理由は、どこにあるのでしょうか。

かつてヴァイツゼッカー博士が、「原爆を決して使う必要がないように願いながら、威嚇のために所有すること」は「絶壁の上でダンスをするようなもの」(前掲『心の病としての平和不在』)と警告していましたが、今もその状態は続いています。

他国に強い敵意を抱いていなくても、核兵器を即時に発射できる態勢を維持する限り、偶発的な事故に対する懸念は消えることはなく、その不安定さを常に強いるところに、核抑止の本質的な危うさがあると思えてなりません。

私は前半で、法華経の「三車火宅の譬え」に言及しましたが、各国の安全保障政策から〝核抑止の本質的な危うさ〟という炎を消していく道を、今こそ共に選び取るべき時を迎えているのではないでしょうか。

すべての核保有国が、まずは「安全保障における核兵器の役割低減」に取り組むことが重要になると訴えたいのです。

この役割低減において、最も緊急性が高い一方で、準備にさほど時間を要しないのが「高度警戒態勢」の解除です。

核兵器を常に発射できる状態に置く「高度警戒態勢」の解除は、先例がないわけではありません。冷戦を共に終結させたアメリカのブッシュ大統領とソ連のゴルバチョフ大統領が、1991年に相次いで行ったことがあるからです。

ブッシュ大統領は、すべての爆撃機と450基の大陸間弾道弾(ミニットマンⅡ)、また原子力潜水艦10隻の搭載ミサイルの警戒態勢解除を指示しました。

これに続いてゴルバチョフ大統領も、500基の地上発射ミサイルと、6隻の原子力潜水艦を実戦配備から外しました。

こうした一連の措置を準備するのにかかったのは、わずか数日にすぎなかったといいます。

その先例が物語っているように、核保有国の政治的決断さえあれば、取り組みを開始できるのが「高度警戒態勢」の解除であり、これを段階的に進めるための討議を、核依存国や非保有国を交えた国連公開作業部会で行うべきではないでしょうか。

冷戦時代とは異なり、他国からの核攻撃という事態の現実味が薄れてきた今日において、多くの国の間で最も憂慮されているのは、偶発的な原因や人為的なエラーによる核爆発の事故に他なりません。

国連総会で先月採択された「高度警戒態勢」の解除を求める決議には、175カ国が賛成しています。

その幅広い支持を基盤に、「高度警戒態勢」の解除に踏み出すことは、核保有国にとっても意義は大きいと思うのです。