2021年のSGI提言

困難を抱える人たちの苦しみをまず取り除く

第3段
困難を抱える人たちの苦しみをまず取り除く

コロナの発生前に生じていた\(ゆが\)

WHOでも、社会的な距離を意味する「ソーシャル・ディスタンス」ではなく、物理的・身体的な距離を意味する「フィジカル・ディスタンス」を用いることを勧めています。

「ソーシャル・ディスタンス」という表現では、人と人とのつながりを制限しなければならないとの誤解を広げてしまい、社会的な孤立や分離を固定しかねないからです。

社会全体が先の見えない長いトンネルに入る中で、他の人々の置かれている状況が見えにくくなっているとしても、同じ社会を生きているという〝方向感覚〟だけは決して失ってはならないと、私は訴えたいのです。

そこで着目したいのは、国連のアントニオ・グテーレス事務総長が述べていた問題提起です。

昨年7月、「コロナに立ち向かおう」と題する国連のオンライン・セミナーが行われました。席上、「ニューノーマル」の意味について問われた事務総長は、世界の人々が直面する現状に対し、その一言でもって規定してしまうことに異を唱えた上で、「アブノーマル(異常な事態)」という言葉をもって表現したいと強調したのです。

私はその問題提起に、コロナ危機によって世界の大勢の人々が強いられてきた状態が、緊急避難的で、やむを得ないものであったとしても、それは人間にとって本来、〝異常な事態〟であるとの認識を持ち続けなければならないとの警鐘を感じてなりません。

また事務総長は、別の機会で次のような主張をしていました。

「コロナ危機を受けて、『ニューノーマル』の必要性を訴える声が多くありますが、新型コロナが発生する前の世界が『ノーマル』とは程遠い状態であったことを忘れてはなりません。拡大する不平等、蔓延する性差別、若者がさまざまな機会を得られない状況、上昇しない賃金、悪化していく一方の気候変動、これらは一つとして『ノーマル』ではないのです」

いずれの指摘にも、深く共感します。

こうした世界の歪みを放置したままでは、置き去りにされてしまう人々が次々と出ることは避けられず、ましてアフターコロナ(コロナ後)の社会を展望することなどできないと、思えてならないからです。

新型コロナの脅威はあらゆる国に及んでいる危機ですが、影響の深刻さは、人々が置かれている状況によって格段の開きがあると言わざるを得ません。

実際、感染防止策として推奨される「石鹸と水による手洗い」ができない環境で生活する人の数は、世界の4割に及ぶといいます。

こうした自分と家族を守り、周囲の人たちを守るための基本的な手段を得ることが難しい人々は、30億人もいるのです。

また、紛争や迫害によって故郷を追われた難民の人たちの数が世界で8000万人に達する中、その多くが難民キャンプなどでの密集した生活を余儀なくされています。

もとより、物理的・身体的な距離を確保することは困難で、感染者が出れば、感染拡大が避けられない危険と隣り合わせで生活している状況にあるのです。

今、世界が直面している未曽有の危機には、複合的な要素が折り重なっているために、それぞれの脅威の関係性や問題の所在を見定めることは容易ではないといえましょう。

そうであったとしても、危機への総合的な対処とは別に、脅威にさらされている一人一人に対しては、苦しみを取り除くことが、先決になるのではないかと訴えたいのです。