2021年のSGI提言

互いの存在を思いやる心が「レジリエンス」を育む土壌に

第7段
互いの存在を思いやる心が「レジリエンス」を育む土壌に

このレジリエンスを支える要となるものについて考える時、どの国の船にとっても航海の安全を確保する上で欠かせない存在となってきた「灯台」のイメージが思い浮かびます。

新型コロナによって命の危険にさらされた人々に対し、その最前線で「灯台」のような崇高な使命を担い、献身的な行動を続けてきたのが、医師や看護師をはじめとする医療従事者の皆さんにほかなりませんでした。来る日も来る日も、人々のために懸命に尽くしてこられた方々に、改めて深い感謝の思いを捧げるものです。

世界の看護師の8人に1人は、出身国や訓練を受けた国以外の場所で尊い仕事を担っているといわれます。

ともすれば多くの国で、移民とその家族に冷たい視線を向け、社会的な負担とみなして疎外するような空気がみられます。

国連でもその是正を呼び掛けてきましたが、まさに各国がコロナ危機に陥った時に、多くの人命を救うための「なくてはならない存在」となったのが、看護師をはじめ医療の現場や病院の運営などを支えてきた移民の人たちにほかならなかったのです。

同様に、パンデミック宣言後に深刻なマスク不足が生じ、各国の間で確保競争が起きた時期に、難民の人たちが、受け入れ地域の人々のために自発的な取り組みをしていたことについて、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)が事例をいくつか紹介しています(以下、UNHCR駐日事務所のウェブサイトを引用・参照)。

ケニアで昨年3月に最初の感染者が報告され、公共の場所でのマスク着用が要請された時、ニュースを聞いて行動を起こしたのが、難民の男性でした。

近隣国のコンゴ民主共和国から逃れ、難民キャンプで洋服の仕立ての仕事をしていた彼は、「私たち難民も、支援に頼るだけでなく、この危機の中で貢献できることがある」との思いでマスクづくりを開始し、他の難民や地元の人たちにマスクを配るとともに、UNHCRの事務所のスタッフにも届けたのです。

またドイツでも、自分たちを受け入れてくれた町にある病院の看護師を応援したいと願って、中東のシリアから逃れてきた難民の家族がマスクづくりに取り組みました。

途中でマスク用のゴムが足りなくなった時には、事情を知った町の人々が、即座にたくさんのゴムを自宅まで届けてくれたといいます。

難民の家族は、マスクづくりに込めた思いを、こう語っています。

「私たちは、この町の人たちに本当に温かく迎えてもらったんです。住む場所を見つけ、仕事も得て、子どもたちは学校にも行くことができています。ドイツに恩返しができれば、私たちはそれでうれしいんです」と。

自分のできることは限られるかもしれないが、〝たとえ一人でも誰かの助けになりたい〟との、やむにやまれぬ思い。同じ地域で暮らしているからこそ、互いの存在を気遣い、人々のために力を尽くそうとする行動――。

私は、国籍や置かれた状況の違いを超えて、そのような思いと行動が社会で積み重ねられる中でこそ、「レジリエンス」の土壌は力強く育まれるに違いないと考えるのです。

ポリオや天然痘\(てんねんとう\)の根絶に向けた共闘

ワクチンの開発は、危機を打開する上で極めて重要な要素となるものですが、WHOが留意を促すように、それだけで問題がすぐに解決に向かうわけではありません。安全性の十分な確保が何よりも欠かせないほか、ワクチンの輸送体制を整えることから、接種を各地で実際に進めるまでのあらゆる過程において課題が残っており、今後の感染防止対策と併せて、大勢の人々の協力を得ることが必要となるからです。

この挑戦を進める上で基盤となるのが、「連帯して危機を乗り越える意識」の共有であり、「レジリエンス」の構築を担う人々の輪を広げることではないでしょうか。

パンデミックは、ギリシャ語の「すべての人々」を意味する言葉が語源となっているように、地球上のあらゆる場所で感染拡大が収束していかない限り、その脅威は国籍や置かれた状況の違いに関係なく及び続けるものです。

その意味で、パンデミックへの対応において求められるのは、従来の「国家の安全保障」のような自国の安全の追求だけを基盤にした発想ではない。

冷戦期のポリオのワクチン開発を巡る米ソの協力に、その萌芽がみられたような、国の垣根を越えて人々が直面する脅威を共に取り除こうとする「人間の安全保障」のアプローチであるといえましょう。

今後、パンデミックの状況がさらに悪化していった場合に、ワクチンの供給を含めた感染防止策の重心が、〝世界中の人々を救うため〟ではなく、〝自国の安全だけを優先する目的〟に傾く風潮が各国の間で強まるような事態を生じさせてはならないと思います。

ある意味で、この問題の構造は、冷戦期の核政策となった相互確証破壊(MAD)の陥穽にも通じる面があるのではないでしょうか。

自国の安全を第一に追求した核抑止力の強固な構築といっても、ひとたび核戦争が起きて攻撃の応酬が始まれば、自国民の安全の確保どころか、人類全体の生存基盤を破壊する結末を招いてしまうからです。

ポリオについては、昨年のアフリカでの根絶宣言を経て、アジアの2カ国での流行を止めることができれば、世界全体の根絶が達成できるところまで迫っています。

それに先駆けて人類が初めて感染症の克服に成功したのが、1980年の天然痘\(てんねんとう\)の根絶でした。

その画期的な偉業に寄せて、私の大切な友人であった核戦争防止国際医師会議(IPPNW)の共同創設者のバーナード・ラウン博士が述べていた言葉を思い起こします。

「冷戦の闇が最も深い時期にあっても、イデオロギーの対立下にあった両陣営の医師たちの協力が途切れることはありませんでした。核兵器による先制攻撃を想定してミサイルを大量製造していた、まさにその時に、アメリカとソ連の医師たちは協力して、天然痘の根絶のために奮闘していたのです。この団結の姿は、核兵器の反対運動においても大きな説得力を持つモデルを提示しています」

核兵器禁止条約は、このIPPNWを母体に誕生したICANを含め、広島と長崎の被爆者や世界のヒバクシャをはじめとする市民社会の力強い後押しを得て実現したものにほかなりませんでした。

どこかに脅威の火種が残る限り、同じ地球で生きるすべての人々にとって、本当の安心と安全はいつまでも訪れない。どの国も犠牲にしてはならず、世界の民衆の生存の権利が守られるものであってこそ、真の平和の実りをもたらす安全保障となる――。

こうした新しい時代の基軸となるべきメルクマール(指標)を条約として打ち立てたものこそ、今月22日に発効した核兵器禁止条約であると思えてなりません。

かつて歴史家のトインビー博士が述べていた、「時間の遠近法」という印象深い言葉があります。

博士は、この言葉を通して、次のような視点を提示していました。

「時間の遠近法に照してみると時々ものの姿が正しい釣り合いで眺められるものだが、今後数世紀ののちにおいて未来の歴史家が二十世紀の前半を顧みてこの時代の諸々の活動や経験をそういう眼で眺めようとした場合、はたして何が現代の目ぼしい出来事として選び出されるでありましょうか」(『試練に立つ文明』深瀬基寛訳、社会思想社)と。

同様に私も、未来の歴史家が21世紀前半の時代を「時間の遠近法」に照らしてみた時、何が最重要の出来事として浮かび上がるのかについて強い関心を持つものです。

思うにその一つは、コロナ危機が深まる最中にあって、安全保障のパラダイム(思考的な枠組み)の転換を促す、核兵器禁止条約の発効が果たされたことになるのではないでしょうか。

そしてまた、もう一つの最重要の出来事として、COVAXによるワクチン接種の地球的な規模での推進が、今後の国際社会のさらなる努力を通じて歴史に刻まれていくことを、私は強く期待したいのです。

新型コロナのパンデミックは深刻な危機ですが、〝困難の壁を打ち破る人間の限りない歴史創造力〟を結集することで、必ず克服できるはずです。その上で、パンデミックへの対応を土台にしつつ、「連帯して危機を乗り越える意識」を時代潮流に押し上げ、「国家の安全保障」の対立による悲劇を断ち切る人類史転換への道を開くべきだと強く訴えたいのです。