2021年のSGI提言

パンデミックの脅威に立ち向かう 国連中心の協力体制を強化

第10段
パンデミックの脅威に立ち向かう 国連中心の協力体制を強化

地球規模での安全網を担う

続いて、「平和と人道の地球社会」を建設するための具体的な方策について、3項目にわたって提案を行いたい。

第一の提案は、国連を基盤にした「民衆のためのグローバル・ガバナンス(地球社会の運営)」の強化と、感染症対策を巡る国際指針の制定に関するものです。

昨年、国連世界食糧計画(WFP)がノーベル平和賞を受賞しました。

長年にわたってWFPは、飢餓に苦しむ人々に食料を供給する活動を続け、紛争の影響下にある地域に和平をもたらすための状況の改善にも取り組んできました。

特に昨年は、新型コロナウイルス感染症に伴う危機の影響で飢餓のさらなる拡大が懸念される中において、「医療用ワクチンができるまでの間、混迷に対処するための最良のワクチンは食料である」との信念で、食料支援の増強に努めました。

ノーベル平和賞は、こうした活動に対する貢献を称えたものだったのです。

その上、WFPはコロナ危機に対して、もう一つの重要な役割を担いました。

新型コロナのパンデミック(世界的な大流行)によって航空便の運航停止が相次ぐ中で、医療品を含めた重要物資の輸送支援を行い、チャーター船や貨物用の航空機の手配をはじめ、保健医療や人道支援のスタッフが移動するためのフライトの確保に取り組んできたのです。

このWFPに加えて、国連児童基金(ユニセフ)も、コロナ対策関連の物流支援で大きな貢献を果たしてきました。

世界の子どもたちをさまざまな感染症から守る予防接種を支援する中で、各国の物流業界と築いてきた関係を土台にしながら、マスクや防護服、酸素濃縮器や診断検査キットなどを多くの国に届けました。

また、“史上最大の規模で行われる事業”となることが見込まれる新型コロナのワクチン接種に備えて、各国に注射器を事前に届けておくための体制づくりを昨年10月から進めるとともに、入手可能になった段階でワクチンをすぐに各国へ輸送できるようにする計画の準備にとりかかりました。

ユニセフには、ワクチンを適切な温度で輸送する方法や、電源の確保が難しい地域でソーラー式冷蔵庫などの整備を図ってきた経験があり、新型コロナの対応で、その実績が生かされようとしているのです。

こうしたWFPやユニセフの取り組みの意義を考えるにつけ、コロナ危機が起こる前から、国連の多くの機関による活動を通して、折り重なるように組み上げられてきた“地球規模でのセーフティーネット(安全網)”の大切さを、改めて強く感じてなりません。

国連にはこのほかにも、国連女性機関(UNウィメン)国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)などのように、特定の人々のために活動することを任務とする機関が数多く存在しています。これらの機関の活動を通し、ともすれば対応が後回しにされがちな人々に常に焦点を当てて、国際的な支援の道が開かれてきた意義は極めて大きいといえましょう。

私は2019年の提言で、深刻な脅威や課題に直面する人々を守ることに主眼を置いた「人間中心の多国間主義」の重要性を訴えましたが、そのアプローチを21世紀の世界の基軸に据えることが、ますます急務になっていると思えてならないのです。

国連では昨年、創設75周年を記念して、「UN75」と題する取り組みが進められ、世界の人々の声を幅広く聞くための対話と意識調査が実施されました。

オンラインも活用して1000回を超える対話が行われたほか、意識調査には国連の全加盟国から100万人以上の人々が参加しましたが、特に注目されるのは、グローバルな協力を求める声が圧倒的だったことです。

住んでいる国や年齢などの違いを超えて、大多数の人々が、現代の課題に取り組むにはグローバルな協力が非常に重要と考え、新型コロナの問題が国際的な連帯の緊急性をさらに高めたとの認識を示したのです。

意識調査の結果をまとめた報告書には、各地から寄せられた声も紹介されていました。

「新型コロナウイルスは、仕事や人とのつながり、教育や平和を奪いました」

「教育を受けるために努力を重ねてきた学生は就職できないかもしれません。テクノロジーに大きく依存する今の社会にあって、情報・通信技術を利用できない人々は前に進むことができません。家族を養ってきた勤労者が仕事を失い、元の生活に戻れる兆しが全く見えない中、人々は未来を悲観して、ストレスや不安や絶望に押しつぶされそうになっています」と。

こうした厳しい現状を訴える声に表れている通り、グローバルな協力を求める声は、単に国際社会の理想像を思い描くようなところから集まってきたものではありません。多くの人々がさまざまな脅威や課題に直面する中で、切実に感じてきた思いから発せられたものにほかならないと思われるのです。

デクエヤル氏が抱き続けた信念

世界の人々が意識調査に寄せた国連への期待を前にして、胸に浮かんでくるのは、昨年3月に100歳で逝去されたハビエル・ペレス・デクエヤル元国連事務総長の言葉です。

南米のペルー出身のデクエヤル氏は、1946年に初開催された国連総会に参加したのをはじめ、その後も長らく外交官として国連の活動に関わる中で、1982年から事務総長を2期10年にわたって務めました。

デクエヤル氏とは、就任まもない1982年8月に東京で会談してから、何度もお会いしてきました。

私が年来の信念である「市民社会による国連支援の重要性」を訴えるたびに、謹厳\(きんげん\)実直\(じっちょく\)で知られるデクエヤル氏が口元を緩ませながら、国連の使命に対する深い思いを笑顔で語られていた姿を忘れることができません。

事務総長として多くの紛争解決に尽力してきた氏が、退任直前の時期にも、エルサルバドルの内戦を終わらせるための交渉に臨み、ついに任期の最終日である“大晦日の夜”に歴史的な和平合意を成し遂げたことは、国連の歴史に今も輝く功績となっています。

そのデクエヤル氏が、国連が最大限の力を発揮するための要諦について、次のように述べていたことがありました。

「国連の憲章とその仕組みは、問題が皆無の世界を約束してはいない。約束しているのは、問題の合理的かつ平和的な解決法である」

「核兵器と通常兵器の拡散や政治紛争、人権侵害、貧困の増大、環境への脅威などの大きな危険に、いまではさらに新たな紛争源も加わっている。こうした危険に対応するためには、世界の政治的英知と想像力、それに連帯感のすべてを結集する必要がある。これは、国連という枠組みの中での不断かつ組織的な努力によってのみ達成できる」(国連広報センターのウェブサイト)

また、ある時の演説では、事務総長として人類益のために行動を続けてきた思いを込めるかのように、こう訴えていました。

国連が直面する「困難な状況」こそが、国連に対して「再生と改革のための創造的機会」を提供するものとなる――と。

気候変動の問題に加え、新型コロナの問題に世界が直面している今、デクエヤル氏が訴えていたように危機をチャンスに変えて、「人間中心の多国間主義」を国連を通じて強化するための機会にしていくべきではないでしょうか。

現在のグテーレス事務総長も、未曽有の危機を前にして、より良いグローバル・ガバナンスの必要性を訴えており、その構築を力強く進めることが、まさに迫られているのです。