2021年のSGI提言

「核とSDGs」を巡る討議を行い 安全保障の基軸転換を

第14段
「核とSDGs」を巡る討議を行い 安全保障の基軸転換を

巨額な軍事費を投じ続ける是非

核兵器禁止条約では、締約国会合において、条約の実施状況の確認や核兵器を廃棄するための措置の検討に加えて、「条約の規定に基づくその他の事項」について討議できることになっています。

そこで私は、最初の締約国会合で、議題の一つとして「核兵器とSDGs」に関する討議の場を設けることを提唱したい。

核兵器の問題は世界平和の根幹に関わるだけでなく、条約の前文で言及されているように、人権や人道、環境や開発、経済や食糧、健康やジェンダーなど、多くの分野に深刻な影響を及ぼすものです。

いずれもSDGsの要石として位置付けられている分野にほかならず、この「核兵器とSDGs」というテーマを、すべての国に関わる共通の土台に据えることで、核依存国と核保有国の議論への参加を幅広く働きかけていくべきであると訴えたいのです。

第2次世界大戦後、厳しい冷戦対立が続いた結果、核兵器の脅威が世界を覆い尽くす状況が固定化され、冷戦終結から30年以上を経た今でも、その状況を“将来にわたって動かし難い世界の所与の条件”であるかのようにみなす空気が根強くあります。

しかし、国家の安全保障がどれほど重要なものであったとしても、核兵器に依存し続けなければならない理由はどこにあるのか。その是非について、SDGsの各目標の重みと照らし合わせて見つめ直すことが、核依存国や核保有国にとっても、非常に大切な機会になると思われるのです。

まして新型コロナのパンデミックによる深刻な医療危機と経済的な打撃が各国を襲い、その立て直しに数年かかることが見込まれる中、「核兵器による安全保障」のために巨額な軍事費を投じ続けることの意味を再考すべき時を迎えているのではないでしょうか。

古代ギリシャの神話に、その手で触れるものをすべて“黄金”に変えてしまう力を手に入れたミダス王の話が出てきます。

たくさんの“黄金”を得ることを願いながらも、生きる上で欠かせない水や食物まで“黄金”に変わってしまった時、ミダス王がその力を手放すことを決断した話です。

この話が示唆するように、気候変動の問題に加えてコロナ危機に直面する今、核兵器が世界の人々にとってどんな意味を持つのかについて、「核兵器とSDGs」に関する討議を通して浮き彫りにすることが、どの国にとっても望ましい世界を築く上で欠かせないと思われるのです。

また、核兵器禁止条約のグローバルな支持を拡大するには、市民社会の声を結集していくことが何よりの原動力となります。

私は昨年の提言で、締約国会合に対する市民社会のオブザーバー参加に加える形で、世界のヒバクシャをはじめ、条約を支持する各国の自治体やNGOの代表らが参加しての「核なき世界を選択する民衆フォーラム」を開催することを呼び掛けました。

締約国会合での討議と併せて、この民衆フォーラムの開催をもって、市民社会の声を力強く発信していくことで、核兵器禁止条約を“21世紀の軍縮の柱”に据えるとともに、“人類史を転換するための結集軸”として位置付けていくべきではないでしょうか。

ロートブラット博士の人生の軌跡

核兵器禁止条約の発効を機に、すべての国が核兵器の脅威を地球上から取り除くために連帯することができるのか――。

その歴史の大きな分岐点に立つ今、時代転換を図るための手掛かりとして言及したいのは、パグウォッシュ会議で長らく会長を務めたジョセフ・ロートブラット博士の人生の軌跡です。

博士は第2次世界大戦中、アメリカが原爆開発のために進めた「マンハッタン計画」に数多くの科学者が従事する中で、途中で離脱に踏み切った唯一の科学者でした。

その数年前、研究のためにイギリスへ単身で渡っていた博士は、夫人のいる母国のポーランドにナチスドイツが侵攻したために、夫人と生き別れになる悲劇に見舞われました。

イギリス側からの代表団の一員として、「マンハッタン計画」に加わることを要請された博士は、“ナチスによって核兵器が使用されないようにするために”との思いと、自らの良心との葛藤を抱きながらも、アメリカへと向かった。

ロスアラモスの研究所では、後に“水爆の父”と呼ばれたエドワード・テラー博士の隣の部屋で研究をしていました。

しかしある時、軍の責任者から、「マンハッタン計画」の本当の目的が、原爆をいち早く完成させてナチスの戦意をくじくことではなく、ソ連を抑え込むためのものであるとの話を耳にしたロートブラット博士は、強い衝撃を受けた。

その時の心境を、博士は私との対談集の中でこう述懐していました。

「自分は間違った理由でここにいるのではないかと思い始めました。自分の足元の地面が崩れていくような、そんな感覚でした」(以下、『地球平和への探究』、『池田大作全集』第116巻所収を引用・参照)と。

極秘扱いだった「マンハッタン計画」からの離脱を申し出た博士は、圧迫や妨害を受けながらも意志を曲げずに、たった一人でイギリスに戻りました。残念ながら、博士の夫人はナチスによるホロコーストの犠牲となっていました。

そして、1945年8月6日の広島への原爆投下をニュースで知った博士は、「人生の残りを核爆弾が二度と使われないようにすることに捧げよう」と固く決意されたのです。

翌年には、科学者が連帯して核兵器の使用に反対する運動をするために「イギリス原子力科学者協会」を設立するとともに、核兵器の脅威を市民に幅広く知らせる目的で、列車の車両を展示のために利用して、ヨーロッパと中東の各地を移動する展示を行いました。

また自身の研究も、人々の命を救うために役立てたいとの信念から、専門分野を放射線医療に変更しました。ロートブラット博士が発見した放射性元素の「コバルト60」は、現在も悪性腫瘍の治療などのために使われています。

その後、1954年にビキニ環礁で行われた水爆実験で、周辺地域の住民や近くを航行していた日本の第五福竜丸の乗組員が被曝した事件をきっかけにして、博士は、哲学者のバートランド・ラッセル卿と出会いました。以来、「ラッセル=アインシュタイン宣言」の発表や、パグウォッシュ会議の創設に立ち会い、2005年に逝去されるまで同会議の中心的な存在として、核兵器の禁止と廃絶のために半生を送ってこられたのです。

互いに脅威を取り除く努力

その博士が、ノーベル平和賞を1995年にパグウォッシュ会議と共に受賞した時、核抑止論の内実について述べていた言葉は、現在においても的を射ていると思えてなりません。

「核兵器は特定されない何らかの危険に対する防護手段として保持されているのです。この政策は単に冷戦時代からの惰性による継続です」

「核兵器は戦争を防止するとの主張に関して、一体さらにいくつの戦争が行われれば、この議論は論破されるのでしょうか」(日本パグウォッシュ会議のウェブサイト)と。

私との対談でも、“ナチスに対抗するため”との名目で開発された核兵器が、その後、理由や戦略論が次々と変わっていく中で、保有が常に正当化され、核開発競争が続けられてきた問題が焦点となりました。

その対話を通じて私たちは、「要するに、何らかの必要があって核兵器が存在しているのではない。核兵器の存在そのものが、その存在理由を必要としてきたといえるのではないでしょうか」(前掲『地球平和への探究』)との結論にいたったのです。

ロートブラット博士が指摘したように、「特定されない何らかの危険」を理由にする限り、核兵器は保有され続け、脅威は地球上にいつまでも残り続けてしまうことになる。

それに対して、核兵器禁止条約が目指すのは、「核兵器の存在がもたらす危険」を互いの努力で取り除く方向へ、各国が共に進むための軌道を確立することにあるのです。

ロートブラット博士が創設に関わったパグウォッシュ会議が、核兵器廃絶に向けた最初の突破口として力を注いだのが、核実験の禁止でした。

その取り組みは、キューバ危機の翌年(1963年)に、地下以外の大気圏などでの実験を認めない部分的核実験禁止条約の発効につながり、その後、時を経て、核爆発を伴う一切の実験を禁じる包括的核実験禁止条約の採択(1996年)に結実しました。

包括的核実験禁止条約はまだ発効していませんが、これまで184カ国が署名しており、包括的核実験禁止条約機関(CTBTO)準備委員会を通し、核実験の兆候を地球的規模で監視する体制が整えられています。

それはまさしく、ロートブラット博士が警鐘を鳴らしたような「特定されない何らかの危険」が、新たに生じることを防ぐ役割を果たしています。

またCTBTO準備委員会は、その監視網を活用して、災害の早期警報や原発事故の観測などにも貢献しており、いかなる国や地域で起こる事態もカバーする形で、世界中の人々を守るための活動を担っているのです。

同様に、核分野に深く関わる国際原子力機関(IAEA)では、昨年3月以降、核研究から派生した技術を活用する形で、120カ国以上で新型コロナの感染検査を支援する取り組みを進めてきました。

これまでもIAEAは、がん治療の普及のほかに、エボラ出血熱やジカ熱などの感染症の検査を支援してきた実績があり、ラファエル・グロッシー事務局長は、「危機に直面して支援を求める人々を、IAEAはこれまでも、そしてこれからも、決して置き去りにすることはありません」と、今回の取り組みに懸ける思いを述べています。

それらの活動は、人々の命を救うための研究と行動を続けたロートブラット博士の姿と重なり合うものともいえましょう。

今の世界にとって切実に求められる抑止力があるとするならば、それは「核兵器による抑止力」のようなものではない。気候変動の問題をはじめ、新型コロナのパンデミックとそれに伴う深刻な経済危機による被害の拡大を封じ込めるための「国と国との垣根を越えた行動の連帯の力」ではないでしょうか。