2021年のSGI提言

NPT再検討会議を機に交渉進め 多国間の核軍縮を実施

第15段
NPT再検討会議を機に交渉進め 多国間の核軍縮を実施

2025年まで核の不使用を誓約

生物兵器や化学兵器も、それぞれの禁止条約の発効を機に国際社会の認識が大きく変わるようになり、廃棄に踏み切る保有国も次々と現れ、すでに世界全体で9割以上の化学兵器が廃棄されるにいたりました。

核兵器の分野において同じような行動の変化が、核保有国や核依存国の間で直ちに起こることは難しいかもしれませんが、その足掛かりが全くないわけではありません。

2013年から2014年に3回にわたって行われた「核兵器の人道的影響に関する国際会議」では、回を重ねるごとに核依存国も含めた多くの国が参加するようになり、158カ国の代表が出席した第3回会議ではアメリカとイギリスも議論に加わりました。

その一連の会議を通じて導かれた結論の中で、私が特に重要だと感じたのは、以下の3点でした。

①核爆発の影響を国境内に押しとどめることは不可能で、深刻で長期的な被害が地球的な規模でもたらされる。

②いかなる国や国際機関も、核爆発による直接的な被害に適切に対処するのは困難である。

③核爆発による間接的な影響で、貧しく弱い立場に置かれた人々が最も深刻な被害を受ける。

この「国境内に押しとどめられない」「いかなる国も適切に対処できない」「弱い立場の人々が最も深刻な被害を受ける」という構図は、脅威の分野は違っても、気候変動の問題やコロナ危機にも通底するものです。

今、コロナ危機で各国が受けている打撃の大きさに引き当てて考えてみれば、極めて甚大な惨害\(さんがい\)を人類全体に及ぼす核兵器の脅威に対し、その根を絶つことの重要性は、核依存国や核保有国を含め、どの国にも身に迫ってくるのではないかと思うのです。

実のところ、この冷戦時代から続く重大な危険を取り除くことこそが、“全人類に惨害をもたらす核戦争の危険を回避するためにあらゆる努力を払う”との精神に基づいて、1970年に発効した核拡散防止条約(NPT)と、今月に発効をみた核兵器禁止条約の精神をつなぐものと言えないでしょうか。

この二つの条約を両輪にして、全地球的なレベルで「核兵器に依存する安全保障」からの脱却を本格的に前に進めるべきです。

そこで私は、8月に開催が予定されているNPT再検討会議に対して提案を行いたい。

再検討会議において、気候変動やパンデミックの危機が広がる中での安全保障の意味について議論をした上で、最終文書の中に「コロナ危機で全世界が甚大な被害を受けている状況を踏まえ、次回の2025年の再検討会議まで、核兵器の不使用と核開発の凍結を誓約する」との文言を盛り込むことです。

そもそも再検討会議の時期も、本来、昨年に開催される予定だったのが、パンデミックの影響で延期されたものでした。

その1年余の間に、世界中の人々が切実に必要としていた「安全」と「安心」とはどのようなものだったのかについて顧みつつ、今後も「特定されない何らかの危険」を理由にして、核兵器の保有と開発を続けることが、NPTの精神にかなうものなのかについて、真剣に討議を行うべきだと呼び掛けたいのです。

歴史を紐解けば、冷戦時代に核開発競争がエスカレートする中で、アメリカが1958年に、月の表面で水素爆弾を爆発させるプロジェクトに一時的に着手したことがありました。

地球からはっきりと見える形で、月面上に強烈な閃光を発生させることで、ソ連に対して力を見せつけることを目指したものだったといいます。

幸い、計画は短期間で打ち切られ、月は守られることになりましたが、当時、地球上では、米ソの間で「ポリオの感染拡大を防ぐワクチンの実用化のための歩み寄り」がみられた一方で、「月まで利用した核兵器による威嚇」が行われようとしていたのです。

翻って現在、コロナ危機の打撃から本格的に世界が立ち直るには数年かかると予測される中で、核兵器の近代化を続けることの是非について、この歴史の教訓に照らして真摯に再考すべきではないでしょうか。

8月に開催予定のNPT再検討会議で「核兵器の不使用と核開発の凍結」を誓約した上で、NPT第6条の核軍縮義務を誠実に履行するための多国間交渉を早期に開始し、次回の2025年の再検討会議までに核軍縮を前進させることを、私は強く呼び掛けたい。

核兵器禁止条約では、核兵器を保有している状態でも核廃棄計画の提出を条件に、核保有国が条約に加わることのできる道が開かれています。

NPTの枠組みを通し、「核兵器の不使用と核開発の凍結」の誓約を基礎に「多国間の核軍縮交渉」の合意を期すことで、より多くの核依存国と核保有国が核兵器禁止条約に参加できる環境を整えていく――。

この二つの条約の枠組みを連動させることによって、核時代に終止符を打つための軌道を敷くべきだと訴えたいのです。