仏法の視点から

「『差別』と向き合う」

「『差別』と向き合う」時代を創る―日蓮仏法の視座から(16)

大宮将之 男子部教学室主任

真の共生社会を築く力は妙法の中に
「人間」として見る。「人間」として輝く。
御聖訓 人の不成仏は我が不成仏 人の成仏は我が成仏

 「マイノリティー」(少数派)の方々を取り巻く問題……。私がこのことを深く考えるようになったのは、今から10年前。きっかけは、大学の同期生である親友からのカミングアウト(告白)だった。
 「話したいことがある……」
 その声は、少し震えていた。だが表情は、いつになく真剣だった。彼にはその1週間前に、2年越しの弘教を実らせたばかりだった。
 「オレ……。同性愛者なんだ」
 堰を切ったように、彼は続けた。
 小学生のころから悩んできたこと。「お前、ホモなんじゃないか」と友人にからかわれるたび、胸をえぐられるようだったこと。心配をかけたくないからと、両親にもまだ打ち明けていないこと。自身の存在価値を見失い、将来を悲観して、自ら命を絶とうとした夜もあったこと……。
 動揺しなかったと言えば、?になる。それでも、彼が私を深く信頼して話してくれた真情は、痛いほど伝わってきた。うれしくもあった。
 ――彼の苦悩を全て理解することは、できないかもしれない。だとしても、彼が直面している問題に、自分もまた真剣に向き合っていこう――私は、ただその思いだけを伝えた。

挿絵

◆マイノリティーへの想像力

 マイノリティーの存在は、しばしば「差別」の問題と併せて語られる。
 在日外国人への差別。出自への差別。アイヌ民族への差別。体が不自由な人など「社会的弱者」への差別……。先の彼がカミングアウトに勇気を必要としたのも、性的マイノリティーに対する社会の偏見や差別を、実際に感じていたからにほかならない。
 ここで、正直に言わなければならないことがある。私もまた、「差別する側」であったということだ。
 私の一つ年下の弟は、生まれつき知的障がいを抱えている。そのことで、小・中学生時代の私は、友人から、いじめられることがあった。
 いつしか私の心に、弟への屈折した思いが募っていた。「〝普通〟に生まれてきてくれればよかったのに……」
 両親は「絶対に大きな使命がある子なんだよ」と、何度も語ってくれた。だが、当時の私は信心に反発していたこともあり、その言葉を真っすぐ受け止めることができずにいた。弟を「〝普通〟のことができない〝劣った〟存在」とさえ見ていたと思う。心ない言葉をぶつけたこともある。
 「人間は平等」「差別してはいけません」――学校で、そう教えられてきたはずだった。にもかかわらず、である。いや、そもそも「差別している自覚」がなかった。無意識のうちに、「自分は〝普通〟だ」という安心感を得ようとしていたのかもしれない。
 哲学者の中島義道氏は、こう指摘する。
 「差別問題が空転するのは、からだで考えることを拒否し想像力の欠如した輩が繁茂しているからである。彼らは、いかに頭で差別問題を『知って』いても、自分は安全地帯にいると思い込み、自分は永久に被差別者になることはないと高を括っている」(『差別感情の哲学』講談社)
 いささか辛辣ではあるが、この表現が当時の私の実感に最も近い。そして実は、ここにこそ差別問題の急所がある。

挿絵

◆「竜女の成仏」が示すもの

 ヨーロッパの心理学者カール・ユングは訴えた。「あらゆる対立や分裂にあって、分け隔てるものは人の心にあるという、一般の自覚が成立するならば、実際にどこから手を着けたらいいかが、わかるだろう」(松代洋一編訳『現在と未来』平凡社)
 人間の「心」に深く根を下ろす、差別意識や差異へのこだわり――釈尊はそれを、人々の「心の中に見がたき煩悩の矢が潜んでいるのを見た」(中村元訳『ブッダのことば』岩波書店)と表現した。
 「見がたき」とは「気づくことが難しい」とも言える。それほど、人間は、自らの「差異へのこだわり」に、無自覚だということであろう。
 法華経に、その象徴的な話が出てくる。提婆達多品で、竜王の娘・竜女が仏になるエピソードだ。
 菩薩や仏弟子らの前に姿を現した竜女は、わずか8歳。しかも畜生の身。さらに当時のインド社会では、女性は差別された存在だった。
 ある菩薩は言う。
 「仏の無上の智慧は長い間の苦行によって得られるものだ。こんな幼い娘に得られるわけがない」
 ある菩薩も言う。
 「女性の身は汚れていて、仏法を受け入れられる器ではない」
 だが竜女は決然と叫ぶ。
 「私は大乗の教え(法華経)を開いて、苦悩の衆生を救ってまいります」「我が成仏を観よ!」と。
 そして瞬時に「即身成仏」――その身のままで、今世のうちに成仏する姿を示したのである。
 この「現証」を見た娑婆世界の衆生は大いに歓喜し、不退転の境地を得る。竜女を差別していた菩薩たちも沈黙せざるを得ず、竜女の成仏を信受するに至った。
 竜女は畜身であり、女性であり、子ども。いわば二重、三重に弱い立場、差別された立場だった。マイノリティーの代表といえるかもしれない。その竜女が真っ先に成仏し、皆に勇気を送る。妙法への確信を促す。何と痛快なドラマだろう。
 重要な点は、「差別されていた側」である竜女の成仏は、そのまま「差別していた側」の成仏をも表しているということだ。御書には、「人の不成仏は我が不成仏、人の成仏は我が成仏」(401㌻)とある。
 「生きとし生けるもの全ての生命に仏性が具わっている」と観るのが仏法である。いかなる差別であっても、誰かを差別するということは、自らの仏性をも否定することに通ずる。しかし皆、そのことが分からない。ゆえに日蓮大聖人は「『竜女の成仏』と思うのが見当違いなのだ。『我が成仏』なのだと観ていくのだ」(御書747㌻、通解)と御指南されたのである。
 差別意識の「矢」は根深い。理論だけで納得させることは難しい。そこで竜女の即身成仏という「現証」を通して、その「矢」を取り除こうとしたと捉えることもできよう。

挿絵

 ◆ありのままの自分でいたい

 池田先生は語られている。
 「即身成仏とは、『苦しむ人を救わずにはおくものか』という仏の強い心を、我が身に開くことなのです。バカにされようが、差別されようが、にっこり笑って、悠々と、不幸の人々を救っていくのです。その人は、その身そのままで、仏と輝いていくのです」(『法華経の智慧』)
 ある性同一性障がいの同志に伺った話を思い出す。
 その友は、「男性」の身体で生まれてきた。しかし、心(性自認)は「女性」だった。幼いころから、自分の身体の性に違和感を覚えていた。やがて声変わりが始まると、「自分が自分では無くなってしまう」ような絶望感に苛まれたという。うつ状態に陥ったこともあった。
 大学生のころ、縁あって、性的マイノリティーの同志と出会う。その友は、こう励ましてくれた。「他人の仏性を讃嘆することで、自分の仏性をも讃嘆していこうよ」と。
 学会活動に挑戦した。弘教も実らせた。そして意を決して、信頼する母親にカミングアウトした。
 母は、じっと耳を傾けた後、目に涙をためて語った。「実は、そんな気がしていたの。もっと早く分かってあげられなくて、ごめんね……」
 その表情には、動揺の色もあった。それでも母は、涙をぬぐい、精いっぱいの笑顔を見せてくれた。
 「こういう子どもを授かったことは、私にとっての『使命』よ」
 友は振り返る。「婦人部のリーダーとして、日々、同志の悩みに寄り添い、励まし続けてきた母の信心の姿勢を見る思いがしました」
 そして決めた。「自分も性同一性障がいを『使命』として生きよう。同じ悩みを持つ人を励ませる自分になろう」と。
 言うに言われぬ葛藤と苦悩を書き殴ってきた日記に、その日は、こう綴ったという。
 「ありのままの自分でいたい。マイノリティーの共生社会を創る使命。21世紀への使命。創価学会員としての誇り。明日からは、決意と歓喜を書き連ねていこう」
 その後、大学院を経て、国立大学の特任研究員に。ジェンダー(社会的な性差)差別をなくすため、日々、研究や講演活動を重ねている。
 友は言う。「仏法の無限の可能性を、マイノリティーとして生まれた自分の人生という舞台で発揮できると思うと、歓喜があふれてくるんです」

挿絵

◆「自他彼此の心」を越えて

 私はこれまで、不思議な縁で、多くのマイノリティーの学会員と出会い、行動を共にすることができた。
 お一人お一人に、自己否定を乗り越え、偏見や差別にも負けず、自分らしく生きようと挑戦を続ける「人間」としての輝きがあった。他者に尽くし、広宣流布の「使命」を果たす喜びに燃えていた。
 この方々が「仏」でなければ、いったい誰がそうだと言うのだろうか。
 日蓮大聖人御在世当時の鎌倉仏教の祖師たちは、皆、社会的にも経済的にも恵まれた学者であった。その中にあって、大聖人は「賤民が子」(御書883㌻)、「遠国の者・民が子」(同1332㌻)等と〝最下層〟の庶民の生まれであることを何よりの誇りとされた。
 なぜ末法の御本仏である大聖人が、下賎の家に生まれられたのか。その問いに、日寛上人は文段(「開目抄愚記」)でこう解釈されている。
 ――およそ末法下種の法華経の行者は、三類の強敵を招くことによって、自身が法華経の行者であることを明らかにする。大聖人がもし、高貴で、勢力と富のある家にお生まれになったならば、たとえ折伏修行に励んだとしても、三類の強敵が競い起こることは難しいであろう。
 もしそうであったならば、どのようにして法華経の行者であることを明らかにできるであろうか。いわんや仏の慈悲の門は身分低く生まれ、大勢の人々を救うことを「妙」とする。すなわち、これは慈悲の極みである――と。
 大聖人は、凡夫の身のままで「人間」としての究極の姿を示された。そして万人が、その尊極の仏の生命を等しく現実の上に開く方途として、「南無妙法蓮華経」の唱題行を打ち立てられたのである。
 「総じて日蓮が弟子檀那等・自他彼此の心なく水魚の思を成して異体同心にして南無妙法蓮華経と唱え奉る処を生死一大事の血脈とは云うなり、然も今日蓮が弘通する処の所詮是なり、若し然らば広宣流布の大願も叶うべき者か」(御書1337㌻)
 私は思う。マイノリティーへの差別との戦い――その人権闘争は、本来、マジョリティー(多数派)の人々も含めた、全ての人間が取り組むべきものではないだろうか。差別との戦いは、「人間」の尊厳をかけた戦いであるからだ。ゆえにどんな立場であろうと、「人間」である限り、無関係の人はいないはずである。
 「自他彼此の心なく」――自分は自分、他人は他人というように、自分と他人とを差別する心を乗り越えて、互いに必要な存在として、共に世界平和へと進む同志の連帯が、創価学会の中にはある。
 その連帯を、地域へ、世界へと広げていく中に、一人一人が「人間」として輝く真の共生社会も、必ずや築かれていくに違いない。

(創価新報2013年10月16日号)