仏法の視点から

「海外の同志に学ぶ」

「海外の同志に学ぶ」時代を創る―日蓮仏法の視座から(17)

松村洋 男子部教学室主任

国際人とは仏法を語り広げる人
「今」「ここ」が広布の大舞台
御聖訓 妙法蓮華経と唱へたてまつれば衆生本有の妙理を観ずるにてあるなり

 今月、来日した世界85カ国・地域のSGI(創価学会インタナショナル)の友が見つめる中、10月2日の「世界平和の日」に竣工した「広宣流布大誓堂」が、晴れやかに落慶を迎えた。
 明2014年は「世界広布新時代 開幕の年」。本稿では、学会本部で各国のSGI組織やメンバーと関わる業務を担当してきた経験を踏まえつつ、日蓮仏法の普遍性や、私たち一人一人にとっての「世界広宣流布」の意味について考察したい。

挿絵

◆学会活動は万国共通

 今や24時間、常に地球のどこかで題目の音律が響きわたる時代である。
 海外のいずこの地にあっても、SGIの同志が朝な夕な勤行を実践し、「南無妙法蓮華経」の唱題行に励んでいる。
 私は東京・創価学園を卒業後、2001年に開学したアメリカ創価大学(SUA)に、1期生として入学した。現在は、学会本部に勤務している。
 日本でのSGIの研修会には、スタッフとして参加する機会も。世界中から集い来た同志と一緒に、題目を唱え、広布の発展を祈願したことは、自身の信心の大きな触発となっている。
 メンバーと接する中であらためて実感するのは、学会活動は〝万国共通〟であるということだ。
 私たちが研鑽を重ねる『日蓮大聖人御書全集』は、すでに英語、中国語、スペイン語、韓国語、フランス語、ドイツ語、イタリア語、ポルトガル語など10言語以上で翻訳・出版されている。SGIの友は、日本の同志と同様に、自他共の幸福の実現へ、「行学の二道」を進んでいる。
 ポルトガルの男子部員に、入会動機を聞いたことがある。
 それまで苦手だった友人が、ある時を境に、別人かと思うほど接しやすくなった。不思議に思い、変化の理由を聞いてみると「僕はSGIに入会したんだ。『南無妙法蓮華経』と唱えることによって毎日、自分を磨いているんだよ」と語ったという。
 その言葉に興味を抱き、一緒に題目を唱えると、生命に力がみなぎった。やがて彼はSGIの一員となり、紹介者となった友人は、何でも話せる親友になったそうだ。
 また、フィリピンのある壮年部員は、敬虔なキリスト教の家に育った。ある時、SGIの友人から、一人一人の生命の中に「仏界」という無限の可能性があり、唱題によって、その最高の境涯が開かれるという仏法の哲学を聞いた。
 彼は〝これこそ、自分がずっと求めていた真の宗教だ〟と確信し、入会を決めたという。
 仏法は、人種、国籍、性別、社会的立場などを超えて普遍である。
 釈尊は、万人の救済を願って八万法蔵ともいわれる教えを説き、自分と同じ仏の境涯を万人の中に見いだした。
 池田先生は『法華経 方便品・寿量品講義』の中で「〝人間は皆、尊い〟〝人間以上の人間はいない〟という厳然たる道理のうえから、釈尊は民衆の輪の中に飛び込み、法を説き続けたのです」と述べられている。
 そして、日蓮大聖人は、末法にあって、一切衆生が成仏する方途を確立された。
 「一生成仏抄」に仰せである。
 「衆生本有の妙理とは・妙法蓮華経是なり故に妙法蓮華経と唱へたてまつれば衆生本有の妙理を観ずるにてあるなり」(御書383ページ)
 大聖人は「衆生本有の妙理」、すなわち、衆生に本来具わる妙理を自身の生命の中に見るには、「妙法蓮華経」を唱えることであると示された。
 〝万人の胸中に内在する仏の生命を、誰もが必ず輝かせることができる〟との真理に、民族や言語による差別など存在しない。ゆえに世界中の人々が、未来を担う青年たちが、こぞってこの仏法を求める時代が到来したのだ。

挿絵

◆御書を「心の師」として

日蓮大聖人は宣言された。
 「願くは我が弟子等・大願ををこせ」(御書1561ページ)
 「大願とは法華弘通なり」(同736ページ)
 大聖人の時代から700年を経た今日、御本仏の大願である世界広宣流布を現実のものとしたのが創価学会である。
 大聖人は、「諫暁八幡抄」において、南無妙法蓮華経の題目が、日本から東洋、さらには全世界へと広まっていくことを予見された。この言葉は、創価学会が出現したことによって、真実であることが証明される。
 1960年10月2日、池田先生がアメリカに世界広布の第一歩をしるされて、本年で53星霜――。
 先生は、海外の行く先々で御書を拝し、草創のメンバーに信心の魂を打ち込まれた。
 翌61年10月、イギリスを訪問された際には、ロンドンの連絡責任者に「心の師とはなるとも心を師とせざれ」(同1025ページ)との一節を贈られている。自分の弱い心に負け従ってはならない。常に帰るべき原点、心の師こそ御書である――と。
 またオランダでは、空港で出迎えたメンバーと懇談。「只南無妙法蓮華経とだにも唱へ奉らば滅せぬ罪やあるべき来らぬ福や有るべき」(同497ページ)との御文を通して、唱題こそが幸福の源泉であると教えられた(73年5月)。
 これらはほんの一例であり、SGIの各国には、教学に裏づけされた師弟の精神が脈打っている。その絆が今、192カ国・地域に広がっているのである。
 インドから留学した20代の青年が語っていた。
 「一度もお会いしたことはないけれど、私は、自分の師匠は池田先生だと決めています。先生がいらっしゃらなければ、インドに大聖人の仏法は弘まらなかった。私は先生のおかげで正しい生き方を学ぶことができたのです」と。
 この思いは、小説『新・人間革命』につづられた、先生のインド訪問の模様などを通して深まっていったという。

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◆「教行証」を具えた団体

日本で開催されるSGIの研修会では、来日した海外のメンバーが、折あるごとに自身の信仰体験を生き生きと発表する。
 交流の会合の席上、欧州の壮年が自身の体験談を披露した。
 ――リストラに遭い、生活費にも事欠くような状況の中、なんとか交通費を工面して学会活動に励んだ。やがて境涯革命を成し遂げ、再就職を果たす。現在は会社の役員となり、何不自由なく過ごせるようになった――というものだった。
 それを聞いていた日本の参加者が驚いて言った。
 「私も同じです! 仕事がうまくいかず、経済苦で悩んでいた時に入会し、その後の人生を大きく開くことができたのです」と。その目には光るものがあった。
 「妙とは蘇生の義なり」(御書947ページ)――こうした体験は、枚挙にいとまがない。きょうも世界の至るところで生まれている。
 仏法には「教行証」が説かれている。仏の教えである「教」、その教えによって立てた修行の「行」、その修行によって得られる果徳の「証」である。日本のみならず、全世界の民衆を救ってきた大聖人直結の創価学会は、まさにこの「教行証」を兼ね具えていることを、現実の上で示している。

挿絵

◆世界に通用する生き方

 「世界広布」――それは、決してどこか遠くにあるのではない。語学ができる人や、海外経験のある人だけが進めるものでもない。
 その舞台は、私たちが生きる「今」「ここ」である。
 不思議にもわれら池田門下は、世界広布のバトンを受け継ぎ、新たな時代を開きゆく使命を担って、21世紀に生まれ合わせてきた。
 私たちの学会活動は、いわゆる〝派手さ〟などとは無縁である。しかし、「世界の平和と一切衆生の幸福のために」と祈り、行動する民衆のネットワークは、すでにグローバルに広がっている。私たちの日々の「信行学」が、尊き広布の歴史を織りなしていることを忘れてはならない。
 今の境遇がどうあれ、地道に仏法を語り広げる人こそが、世界広布の主役なのである。
 かつて池田先生は語られた。
 「じつは、広宣流布のために働いている、皆さんのお父さん、お母さんこそ、〝国際人〟ということです。
 その理由は、毎日、全人類の幸福を真剣に祈っている。そして、利己主義を捨てて、人の幸福のためにボランティアで行動している。毎日、忙しいなかを、世界的な大哲学である仏法を学んでいる。その人こそ、『世界から尊敬される人』です。『世界に通用する生き方』なんです。たとえ一回も外国に行ったことがなくても」と。
 草創の同志や父母、何より師匠への報恩の心を胸に、自身の使命の舞台で、世界広布の大ロマンに生き抜いていきたい。

(創価新報2013年11月20日号)