仏法の視点から

論(RON)――日蓮仏法の視点から

論(RON)――日蓮仏法の視点から第1回 農漁業を考える

農漁光青年委員会委員長(東海道男子部教学部長) 田代貞治

農村青年こそ「生命の世紀」の旗手

「食は文化、食は命」 ―― 農の持つ無限の価値 ――

御聖訓

 「白米は白米にはあらず・すなはち命なり」

 2014年2月、全国の会館などで放映された「農漁村ルネサンス体験主張大会」。信心を根本にして農漁業の分野で実証を示し、〝地域の灯台〟と輝く3人の体験が反響を呼んだ。同大会は、本年で17回目を数えた。農漁光部の同志は、〝我らが人々の命を支えゆく〟との誇りを胸に、全国各地で奮闘している。私は現在、農漁光青年委員会の委員長を務めている。農漁光部の使命とは何か。課題が山積する農漁業の未来をどう考えるべきか。仏法の視点から見つめたい。  

挿絵

豊作であるように!

 池田先生が第3代会長に就任して以来、「豊作であるように! 飢饉がないように!」と、一貫して祈り続けてきたことはよく知られている。農漁業の労苦に寄り添い続けるそのお心は、メンバーにとって最大の励ましであり、支えになっている。
 小説『新・人間革命』第24巻「灯台」の章には、こうつづられている。「17歳で終戦を迎え、戦後の食糧難の時代を生きてきた彼(=山本伸一)は、食糧不足の悲惨さを、身をもって体験してきた。それだけに、飢餓状況に置かれた人びとの苦しみが、人一倍強く、心に迫ってくるのである」と――。
 時代は移り、私たち青年部の世代にとって「食糧難」や「飢餓」といっても、あまり実感が湧かないかもしれない。
 だが日本の食料自給率は現在、わずか39%(カロリーベース、2012年)。口にする多くの食料を海外に依存しており、変動する国際情勢をはじめ、微妙なバランスの上に私たちの食卓は成り立っている。時に、自給率の高い主食の「米」でさえ、天災などによって、不足に陥ることがある。
 平成5年(1993年)、「平成の米騒動」と呼ばれる出来事があった。日本列島はこの年、記録的な冷夏に見舞われ、東北を中心に戦後最大級の米の不作となった。
 岩手で稲作を営む壮年は、当時の様子をこう振り返る。
 「あの年は秋になっても、稲穂は熟さず緑色で、ぴんと立ったまま。生活の糧となる米がとれず、涙する農家が多かった。今もその時の記憶が消えません」
 この年の水稲の作況指数(平年の収量を100とした数)は、東北全体で56。すなわち、いつもの半分程度しか収穫できなかった計算になる。
 この時、〝買いだめ〟や〝売り惜しみ〟など市場は混乱し、米の輸入を一切認めてこなかった政府は、緊急輸入を決定。結果的に、米の輸入自由化へと、かじを切っていく契機となった。
 人間の生命を支える「食」の大切さは、いざという時に初めて突きつけられるものなのだ。
 「農業を守り、支える人こそが一番偉大です。一番尊敬されるべき人なのです」。天候不順も続き、国際情勢も揺れ動く昨今。池田先生が発信し続けてきた、こうしたメッセージを、再び胸に刻む時ではないか。

挿絵

農業の「多面的機能」

 農漁業は食を支えるのみならず、多くの恵みをもたらしている。
 懐かしさを感じさせる景観、山や川を守る農地の保水性、地域に息づいた伝統文化の継承……。近年では、農作業による癒やしや安らぎ、自然との触れ合いを通じた子どもたちへの教育効果にも注目が集まる。
 農漁業の持つ、こうした「多面的機能」の価値は計り知れない。
 著名な仏教学者・中村元博士のこんな指摘がある。
 東洋の他の人々に比べて、なぜ、インドの人々は内省的・内向的か――。亜熱帯の気候のもとで行われるインドの農業は、種が育ち成長するのに適当であり、河水の氾濫があるため、かんがい施設もいらない。だから、人々が共同で作業する必要が乏しい。
 中村博士は、こうした古来の知見を踏まえつつ、「(インドの人々の考え方が)内省的であり個人的であるのは、社会のこのような風土的性格に由来する」と指摘している。
 〝粗放的〟な農業が、独立心の高い人々を生み出したというのだ。環境と民族性の関係を考える上で、興味深い見方である。
 翻って、日本はどうか。日本の社会は、いにしえより、農業、特に稲作と不可分の関係を持ちながら発展してきた。「昔は他人の田んぼを通らなければ、自分の田んぼに行くことすらできなかった」と、ある古老が語ってくれたことがある。
 かつては手作業で行った田植えや稲刈りに加えて、水の管理など、ほとんど全ての作業を人々が一体となって行っていた。日本の農業は、地域社会の絆を育み支えゆく、欠かすことのできない礎である。
 近年、〝共同体の衰退〟が課題となっているが、こんなところにも農林水産業の役割があろう。農漁業の「多面的機能」には、経済の〝物差し〟だけでは測れない、大きな価値がある。

挿絵

民は食を天とす

 日蓮大聖人は、食に関する御文を数多く記されている。
 「食には三の徳あり、一には命をつぎ・二にはいろ(色)をまし・三には力をそ(添)う」(御書1598㌻)
 「民のほね(骨)をくだける白米・人の血をしぼれるが如くなる・ふるさけ(古酒)」(同1390㌻)
 「民は食を天とす」(同1554㌻)
 「食なければ・いのちた(断)へぬ」(同1596㌻)
 その表現は多彩だ。
 そして、「白米は白米にはあらず・すなはち命なり」(同1597㌻)と。
 「毛芋」「河海苔」と一緒に、貴重な白米を御供養した門下への一文である。
 白米は、単なる米ではなく、それを育み、届けた人々の尊貴な生命そのものである――何と温かく、慈愛の心に満ちあふれた感謝の言葉であろうか。この返書を手にした門下の心に、どれほど大きな勇気が湧いたか、想像に難くない。
 また大聖人は、「秋の稲には、早稲と中手と晩稲と、実りの時期が異なる三種の稲があるけれども、いずれも一年のうちに収穫できる」(同411㌻、趣意)と仰せである。
 早稲と中手(中稲)と晩稲という、熟すタイミングの異なる稲のあり方になぞらえて、信心に徹すれば、どんな人も一生のうちに必ず仏の境涯を開いていけると教えられている。
 さらに、「悦しきかなや・楽かなや不肖の身として今度心田に仏種をうえたる」(同286㌻)との御金言もある。
 こうした弟子の教化・育成、また、弘教のあり方という重要な内容について、大聖人は、誰でも理解のできる稲作の譬えなどを用いて説いていかれた。こうした点からも、民衆にどこまでも寄り添い、万人の幸福を願われた大聖人の深いお心が感じられてならない。

挿絵

「経済」だけでは生きられない

 近年、農漁業を取り巻く環境は大きく揺れ動いている。TPP(環太平洋連携協定)への懸念や、減反政策の転換、燃料の高騰、止まらぬ高齢化、後継者問題など、一筋縄ではいかない課題が山積している。
 私たちは何を指針として、農漁業の未来を展望すべきか。池田先生はかつて、アジアに食の増産をもたらした「緑の革命」で知られるスワミナサン博士と、こう語り合った。

 池田SGI会長 人間は経済だけでは生きられない。人間が人間らしく輝き、開花しゆく大地は、文化です。「人間の幸福」という根源的な視点から農業を考えることが必要ですね。
 スワミナサン博士 日本の青年、学生の皆さんには、休暇を使って、ぜひ田園に行ってもらいたいです。農家に行き、農作業を手伝う中で、大地を耕すことの素晴らしさ、コメの文化とは何かを実感できるのではないでしょうか。

 〝人間は、お金だけでは生きられない。青年よ、今こそ田園に行け!
 そこに幸福の種がある〟――農の心を刻む2人の巨人の叫びである。
 農業を、単に、農産物を生産する「産業」と捉えるだけでは、選択を誤ってしまう。計り知れない可能性と価値をはらむ農漁業を、経済(=お金)の観点だけで切り捨てることがあっては決してならない。
 池田先生は、記されている。「食は文化、食は命。食べ物のことを、いいかげんに考える社会は、おかしくなる。農村を忘れることは、人間を忘れることだ。自分の『根』を忘れることだ。文明人は、金に『魂ッコ』を取られてしまったのだ」
 〝農漁業は私たちの生命そのもの〟〝白米は命なり〟――今こそ、こうした哲理が社会に必要ではないか。ここに、庶民が輝き、全ての命が輝く「生命の世紀」を築く急所があると、私は思う。

挿絵

人間を育む聖業

 先に触れた平成5年の不作を機として、〝今こそ農漁村に励ましを〟と、東北の農村部(当時)が、「農村ルネサンス体験談大会」を始めた。
 小さな取り組みから始まった運動は、やがて、全国に中継される学会行事となり、今や「日本最大」ともいうべき農業イベントとなった。
 今回の大会では、青年の代表として北海道のメンバーが発表した。
 東京の大学で学んだ彼は、教育者を目指して奮闘したものの、採用試験に失敗。農業を営む叔父から勧められ、意を決して、農の道へ。
 子どものころ、「就きたくない職業ナンバーワン」だったという農業に、彼は死力を尽くした。数年たち、自分で育てた農作物の輝きを目の当たりにした時、彼は思った。〝これが俺の天職だ。農業は、命を育てゆく最高の仕事だ!〟と。
 彼の地元には、かつて池田先生の提案で誕生した「十勝池田農園」がある。今、彼は男子部のリーダーとして、この農園で同世代の友と一緒に農作業をし、心豊かな人材を育てている。〝農業こそ、命を支え、人間を育む聖業〟――池田先生が教えてくださった哲学を、彼は、使命の天地で見事に証明している。
 農漁業に光が当たる今こそ、一段と強く励ましを送り、「生命の世紀」の旗手である農漁光青年の連帯を拡大していきたい。

(創価新報2014年3月5日号)