仏法の視点から

論(RON)――日蓮仏法の視点から

論(RON)――日蓮仏法の視点から第2回 「イクメン世代」の挑戦

九州男子部教学部長 野中弘之

和楽の家庭から広布は前進

家族は固い絆で結ばれた「同志」

御聖訓

 「父母となり其の子となるも必ず宿習なり」

 「イクメン」――積極的に育児(イクジ)に励む男性(メン)――という言葉が聞かれるようになって久しい。今では、父親が育児に関わることは当たり前となりつつある。男子部でも、仕事などが多忙な中で子育てに挑戦しているメンバーは少なくない。私も4人の子を持つ父として努力を続ける一人である。ここでは、現代を生きる「イクメン世代」の使命について考えてみたい。

挿絵

半径5メートル

 世の中をよくするために心掛けることは何か――。
 病児保育に携わる認定NPO法人「フローレンス」の駒崎弘樹代表理事は、「自分の半径5メートルをよくしていくこと」だと語る。「半径5メートル」とは、職場の同僚や家族など、身近に接する人との関係を指す。
 中でも家族の存在は、最も身近で大切なものだ。夫婦や親子の関係が思いやりと愛情に満ちたものであれば、家庭は温かな安らぎの場となるだろう。そうした家庭の集合が地域であり、社会である。安穏で、幸福な社会を築くといっても、その基盤は和楽の家庭の実現にこそある。
 子育ては、広布の後継者を育む大切な取り組みでもある。しかし、仕事などで多忙な私たち男子部世代にとって、育児に多くの時間を割くことは簡単ではない。
 では、その中で、どう工夫していけばいいのか。池田先生は、小説『新・人間革命』「民衆の旗」の章で、山本伸一の実践を通して、子どもとの関わり方についてつづられている。
 例えば、地方や海外に出張し、しばらく会えない時は、わが子に手紙や絵はがきを送る。しかも、宛名を連名にするのではなく、一人ずつに出す。
 また、子どもからのプレゼントは〝両手〟で受け取る。決して子どもの名前を〝呼び捨て〟にしないなど、こまやかな配慮をしている。子どもを〝一人の人格〟として尊重しているのだ。「約束を必ず守る」ことも大切だと教えられている。
 ある時、伸一は子どもたちと一緒に食事をする約束をした。しかし、打ち合わせや会合が入ってしまい、一緒にご飯を食べられたのは、わずか5分か10分しかなかった。それでも伸一は子どもたちのもとに駆け付け、約束を果たした――。
 先生は記されている。
 「人間としての誠実さは子どもに伝わる。それが〝信頼の絆〟をつくりあげていく」と。
 子育てには、子どもと一緒に遊んだり、面倒を見たりという「時間」も大切だ。
 しかし、何よりも重要なのは、子どもを思う「心」の深さである。そして、その心を伝えるための「努力」と「挑戦」を続けることではないだろうか。

挿絵

シンデレラ未来会議

 小さな4人の子どもを持つ私が、仕事や学会活動に全力で取り組めるのは、妻の協力のおかげであり、感謝は尽きない。
 先生は、子育てのポイントとして「夫婦の巧みな連係プレー」を挙げられている。
 わが家では、夫婦での「情報共有」を大切にしている。私の帰宅は夜遅くなることが多いため、夫婦の語らいを「シンデレラ未来会議」と名付け、小学校や幼稚園での子どもたちの様子を聞くようにしている。
 実は、子どもたちも、この「会議」のことを知っている。今では「お父さんに言っておいて!」と、妻に伝言を託すことも多い。
 家族6人ができるだけ「情報」と「心」を共有することで、一家の団結力は強くなったと感じている。
 また、子どもに対しては、①「大好き」と言葉にして伝える②「ありがとう」の言葉をたくさん掛ける③1日1回以上、しっかり抱きしめる――これら3つを夫婦で実践するよう努めている。
 子どもは〝家庭の空気を吸って育つ〟という。家庭の空気をつくり出すのは、まぎれもなく親である。
 子どもたちは今、どのような空気を吸って生きているのだろうか――。
 自らに問い掛け、わが家の中を、感謝と喜びの言葉であふれさせていきたいと、夫婦で決意している。

挿絵

皆に偉大な使命が

 仏法では「家族の絆」を、どのように捉えているのだろうか。
 法華経の妙荘厳王本事品第27には、バラモンの教えを信じていた「妙荘厳王」という王様が、妻の浄徳夫人、子である浄蔵・浄眼の兄弟の導きによって、正法に帰依した物語が描かれている。中国の天台大師は、この4人の過去世の姿を、「法華文句」で、次のように明かしている。
 ――昔、ある末法の世に4人の仏法者がいたが、生活に煩いが多く、修行の妨げになるので、1人が他の3人の修行を助けるため、炊事や雑用に専念し、陰で3人の仏道修行を助けた。
 その結果、3人は仏道を得ることができたが、修行を助けた1人は国王となって生まれた。この王が妙荘厳王である。そしてほかの3人は浄徳夫人、息子の浄蔵・浄眼として生まれ、ついに妙荘厳王を正法に導くことができた――と。
 今世で、同じ家族として生きるのは単なる偶然ではない。それは過去世からの宿縁に基づくものというのが、仏法の洞察である。
 日蓮大聖人は親子について「父母となり其の子となるも必ず宿習なり」(御書902㌻)と仰せである。
 また、夫婦についても「是れ偏に今生計りの事にはあらず」(同1088㌻)と記されており、家族の縁の深さを強調されている。
 妙荘厳王の一家の物語は、仏法の視点から見れば、親と子の関係は「親が上で子どもは下」「親は子どもを導く立場で、子どもは導かれる立場」といった固定的なものではないことを示している。
 何かと手のかかる家族は、ひょっとしたら、過去世において一緒に仏道修行をしていた同志かもしれない。いや、ひょっとしたら、お世話になった信心の大先輩だったかもしれない。
 わが子が自分のもとに生まれてきたのには、深い意味がある。そして、家族の一人一人に偉大な使命がある――三世の生命観に立つ仏法は、そのことを教えている。
 大聖人はまた、「子なれども親にまさる事多し」(同413㌻)と仰せである。御書には、子の信心によって親が救われた例が挙げられている。
 法華経を書写せず、誹謗して地獄に落ちた烏竜は、子の遺竜が法華経を書写したことで救われた。大聖人御在世当時も、池上兄弟が、法華経の信仰に猛反対だった父を入信させた。
 家族とは、生命の固い絆で結ばれた同志だ。
 だからこそ、私たちは子どもをはじめ、家族一人一人を心から尊敬し、大切にしていきたい。最高の「善友」として、共に勝利の人生を歩んでいきたい。

挿絵

生死超えて一体

 先日、ある男子部のメンバーと出会った。彼は2年前に、小児がんで次男を失った。当時、まだ5歳だったという。わが子に先立たれた親の悲しみは、察するに余りある。
 しかし、彼は、息子との闘病生活を振り返り、「病が、私たち夫婦だけでなく、他の子どもたちも大きく成長させてくれました。家族の絆、命の大切さを心に刻んだ3年間でした」と力強く語っていた。
 本年の年頭、弟と共に病気と闘った小学生の長男が、少年少女部の集いに参加。会合の中で、「今年の抱負」を漢字一文字で表すことになった。長男が書いた漢字は「希」。それは、亡くなった弟の名前「瑞希」から取った一字だった。
 その話を伺い、瑞希君の生命が、今もなお、家族の心の中に脈打っていることを実感した。
 大聖人は、わが子の死という苦難を乗り越えて、純粋な信心を貫いている門下に対して、真心の励ましと称賛を送られた。
 「ひとえに、釈迦仏があなたの身に入り替わられたのであろうか。または、亡くなられたご子息が仏になられて、父母を仏道に導くために、あなた方の身に入り替わられたのであろうか」(御書1397㌻、通解)
 「あなたにもしもの事があるならば、暗い闇夜に月が出たように、妙法蓮華経の五字が月となってあらわれて、あなたの行く手を照らすでしょう。そして、その月の中には、釈迦仏・十方の諸仏はもとより、亡くなられたご子息もあらわれて、あなたを成仏の道へと導くことと確信していきなさい」(同㌻、通解)
 妙法で結ばれた生命は、生死を超えて一体である。亡き家族は、どこまでもあなた方と共に、永遠の幸福の軌道を歩んでいるのだ――大聖人は、そう教えてくださっている。

挿絵

「信じ抜く心」で

 新緑まばゆい5月。「こどもの日」の5月5日は、「創価学会後継者の日」でもある。今の未来部員たちは、学会創立100周年の2030年に、青年部の中核となる世代だ。
 大聖人は、門下の阿仏房・千日尼夫妻の子息が、立派な後継者に育った姿を大変に喜ばれ、「子にすぎたる財なし」(御書1322㌻)と称えられた。
 〝後継の宝〟を育んでいくこと――ここに希望と平和の未来を開く道がある。
 子どもたちの成長と幸福を心から願い、妙法の偉大さ、学会と共に歩む人生の素晴らしさを伝えていくことこそ、私たち「イクメン世代」の使命である。そのために、大切なこと。それは子どもを「信じ抜く心」ではないだろうか。
 池田先生は、「子どもたちは皆、かけがえのない『可能性』を持った『宝の人びと』です。一人ひとりが、『希望』の存在です。生命には希望が、いっぱい詰まっています」と。どこまでも子どもの可能性を信じ、忍耐強く励まし続ける。その範を、先生は私たちに示してくださっている。
 自分のことを信じてくれる人がいるだけで、生きる力がみなぎる。感謝の心が生まれ、喜びも、希望も、勇気も、知恵も湧く。
 これからも、わが子はもちろんのこと、未来部員一人一人の可能性を信じ抜き、共に成長していきたい。一人の父親として。一人の弟子として――。

(創価新報2014年5月7日号)