男子部「御書活」研鑽 2012年

5月度「崇峻天皇御書」

社会で〝なくてはならない人〟に5月度「崇峻天皇御書」

5月度の男子部「御書活動者会(御書活)」では、「崇峻天皇御書」を研鑽。人生勝利の要諦は、「心の財」を積みゆく信心の実践にあることを学ぶ。

御文

百二十まで持ちて名を・くたして死せんよりは生きて一日なりとも名をあげん事こそ大切なれ、中務三郎左衛門尉は主の御ためにも仏法の御ためにも世間の心ねもよかりけり・よかりけりと鎌倉の人人の口にうたはれ給へ、穴賢・穴賢、蔵の財よりも身の財すぐれたり身の財より心の財第一なり(御書1173ページ)

通解

百二十まで生きて名を汚して死ぬよりは、生きて一日でも名をあげることこそ大切です。「中務三郎左衛門尉は、主君に仕えることにおいても、仏法に尽くすことにおいても、世間における心がけにおいても、大変に素晴らしい」と鎌倉の人々の口にうたわれていきなさい。くれぐれも、よくお聞きなさい。「蔵の財」よりも「身の財」がすぐれている。「身の財」よりも「心の財」が第一である。

挿絵

背景と大意

本抄は建治3年(1277年)9月11日、日蓮大聖人が身延から鎌倉の四条金吾に与えられたお手紙で、別名を「三種財宝御書」という。

この年の6月、大聖人の弟子の三位房が、極楽寺良観の庇護を受けていた竜象房と法論し、竜象房を破折した(桑が谷問答)。その際、〝四条金吾が武器をもって徒党を組み、法座に乱入した〟との事実無根の讒言を、金吾の主君・江間氏が信じてしまう。

江間氏は金吾に、“法華経の信仰を捨てると約束する起請文(誓約書)を書け、さもないと所領を没収する”と迫ったが、金吾は絶対に起請文は書かないとの決意を曲げなかった。このことを金吾は大聖人に伝えている。

その後、江間氏が疫病に倒れ、医術の心得のある金吾が治療に当たることになった。本抄は、その報告への返信である。

主君から信頼を回復する好機である半面、金吾への嫉妬を募らせる同僚からの圧迫が悪化することを心配された大聖人は、金吾が身の危険にさらされないように、細心の注意を払うよう事細かく教えられている。そして、「心の財」を根本とすることこそ、人生の勝利者となるための要諦であることを示されている。

挿絵

「人生の価値」とは?

新年度がスタートして約1カ月。男子部はそれぞれの使命の職場で日々、奮闘を重ねている。

思う存分、力を発揮している人もいれば、厳しい現実の壁にぶつかり、悩んでいる人もいるだろう。〝何のために働いているのか?〟と自問している人もいるかもしれない。今回は、一人一人が社会で実証を示し、充実の日々を送るための要諦を本抄から学びたい。

人生の価値――それは、生きた時間の長さだけでは決まらない。「どのように生きるか」「何を目標に生きるのか」という姿勢こそ重要ではないだろうか。

日蓮大聖人は本抄で、〝百二十まで生きて名を汚す〟のではなく、〝生きて一日でも名をあげる〟生き方を示されている。「名をあげる」とは、単なる世間的な名声ではない。磨き上げた人格の輝きで周囲を照らし、「あの人は立派だ」「あの人は素晴らしい」と、信頼され、讃嘆されていくことといえる。

その具体的な勝利の指標として、大聖人は、三つの視点を教えられている。

御文に則して言えば、①主の御ため(=仕事・職場の第一人者、勝利者となる)②仏法の御ため(=信仰者としての不退の実践)③世間の心ね(=地域・社会や周囲の人々の信頼)である。

あらゆる場面において、人間としての輝きを放ちながら、一歩一歩、勝利に向かって前進していく姿。誠実な振る舞いで、周囲にさわやかな心を広げゆく姿。こうした姿勢に、おのずと称賛の声が寄せられていくのである。

大聖人はその勝利の証しとして、「よかりけり・よかりけりと鎌倉の人人の口にうたはれ給へ」と示されている。

挿絵

今いる場所で勝つ

「信心即生活」「仏法即社会」である。信仰といっても、現実の生活や社会を離れては存在しない。

一人一人が、社会で光り、信頼を勝ち取っていく。その実証こそ、学会の正義と偉大さの証明となる。

牧口初代会長は、社会には「絶対に、いてもらいたい人」「いてもいなくてもいい人」「いてもらいたくない人」の3種類の人間がいると言われた。

戸田第2代会長も常々、今いる場所で〝なくてはならない人〟になれ、と語っていた。

広宣流布という大願に立ち、現実の使命の舞台で、日々、努力を重ねていく。自分自身が向上し、成長していく。そして、どんな人に対しても、誠実に接していく――そこから信頼は広がっていく。

苦境の中で本抄を頂いた四条金吾も、大聖人の御指導通り誠実に、病にかかった江間氏の治療に当たった。そして再び信頼を得るようになり、後には、従来の領地であった殿岡の3倍にもあたる土地を賜ったのである。

信心の福徳が根本

本抄ではさらに、「蔵の財」「身の財」「心の財」と、3種類の「財」を挙げられ、「心の財」こそ第一であると教えられている。

具体的にいえば、「蔵の財」とは、物質的な財産のこと。「身の財」とは、健康や学識・能力、社会的地位などのこと。そして、「心の財」とは、心の豊かさであり、信心の福徳である。

挿絵

人は、ともすれば、財産や健康、能力や地位など、目に見えるものだけを追い求めてしまいがちだ。もちろん、生活のためにはお金が必要だし、現実の荒海を越えていくには、社会的な実力も欠かせない。

しかし、裕福だからといって、幸福であるとは限らない。逆に、財産に執着するあまり、豊かな心を失い、人生の目的を見失ってしまうこともある。

また、能力があるからといって、それを人々のために使わず、利己的になってしまえば、周囲に嫌な思いをさせ、敬遠されてしまうことにもなろう。

「蔵の財」も「身の財」も、「心の財」すなわち信心の福徳を根本として、初めて価値ある方向へ生かし切っていくことができるのである。

池田名誉会長は綴っている。

「『心』こそ、人生の最高の『財宝』です。それは、『心』の中に、偉大な可能性と無上の尊極性が具わっているからです」「人生をよりよく生きるために、内なる心の世界をどう広げゆくか。いかに心を鍛え、『心の財』を積んでいくか。そのために妙法があるのです」

いよいよ、栄光の「5・3」を迎える。池田門下の男子部は、仕事にも、学会活動にも全力で取り組み、「さすがは創価学会員だ」と信頼を広げゆく、社会の勝利者として輝いていきたい。

挿絵

人の振る舞い

誠実の行動で友情の金字塔を

「心の財」の重要性を教えられた「崇峻天皇御書」。この結論部分で、日蓮大聖人は「教主釈尊の出世の本懐は人の振舞にて候けるぞ」(御書1174ページ)と仰せである。

「心の財」は目に見えない。それが人々に伝わるのは、心の豊かさが一人一人の行動として現れた時である。ゆえに「振る舞い」の大切さを強調されたのだ。

世界192カ国・地域へと大発展を遂げた学会。その拡大の力となったのは、池田先生の誠実一路の人間外交であり、その励ましによって立ち上がった弟子たちの行動であった。

私は15年前、生死をさまよう交通事故を起こした。その時、懸命に回復を祈ってくれた同志の真心に触れ、信心の偉大さを知った。そして報恩感謝の思いで、初めて弘教を実らせることができた。

心臓に後遺症が残り、仕事では、「重い物を持ってはいけない」等のハンディはあったが、どこまでも相手の立場に立った行動を貫く中で、支店で年間トップの営業成績を残すこともできた。

信仰で心を鍛え、誠実な振る舞いで人々に尽くす。ここに、一切の勝利の要諦があると実感する。

今年も5月3日が巡り来る。池田先生が1960年(昭和35年)、亡き恩師の構想実現へ第3代会長として立ち上がった日である。この就任式を行った誉れの天地こそ、東京の墨田であった。

墨田に立つ「東京スカイツリー」が、間もなくオープンする。今こそ、自らの振る舞いで友情拡大の金字塔を打ち立て、同志と共に師弟誓願の「5・3」を荘厳していきたい。

東京・墨田総区男子部教学部長 松本和博

(聖教新聞2012年4月24日付掲載)