男子部「御書活」研鑽

11月度「寂日房御書」

広布は使命の自覚から!11月度「寂日房御書」

 11月度の男子部「御書活動者会(御書活)」では、「寂日房御書」を研さん。妙法流布に生きる師弟の絆の強さについて学ぶ。

御文

 かかる者の弟子檀那とならん人人は宿縁ふかしと思うて日蓮と同じく法華経を弘むべきなり(御書903ページ)

通解

  このような日蓮の弟子檀那となろうとする人々は、宿縁が深いと思って日蓮と同じく法華経を弘めるべきである。

挿絵

背景と大意

  本抄は弘安2年(1279年)9月、弟子の寂日房を介して在家の門下に送られたお手紙である。
 本抄の内容から、この門下は日蓮大聖人の両親と関係のある人であり、大聖人の故郷・安房(千葉県南部)に住んでいたと推定される。
 大聖人は、便りを送ってくれたことへの御礼を述べられた上で、御自身が釈尊滅後の妙法弘通を託された地涌の菩薩のリーダーである上行菩薩に当たることを示され、門下にも同じ心で妙法流布に励むよう、呼び掛けられている。

挿絵

師弟の絆は三世永遠

  拝読御文の前段までで、大聖人は御自身のことについて「日本第一の法華経の行者」であること、また法華経勧持品の「二十行の偈」は、日本国の中で大聖人お一人が身で読んだことを述べられている。
 この「二十行の偈」には、釈尊の滅後悪世に妙法を弘める時、三類の強敵が競い起こることが記されている。
 拝読御文の冒頭にある「かかる者」とは、「このような日蓮の」との意。さらに「宿縁」とは、過去世からの因縁を意味し、ここでは、弟子が師匠や法華経と過去世から深い関係があることを指す。
 大聖人は門下に対して、御自身と過去世から深い宿縁で結ばれていることを自覚し、一切衆生に法華経を受持するよう勧めてこられた大聖人と同じ心で、広布に進むよう励まされている。
 私たちが人生の師匠に巡り合い、自他共の幸福のために日蓮仏法を弘められるのは、過去世からの深き宿縁ゆえである。拝読御文は、その尊き使命を覚知し、師匠と同じ決意に立て、との仰せと拝せよう。
 71年前(1946年)の11月、獄中で殉教された初代会長・牧口常三郎先生の三回忌法要で、第2代会長・戸田城聖先生は三世永遠の師弟の絆について語られた。
 「あなたの慈悲の広大無辺は、私を牢獄まで連れていってくださいました。そのおかげで、『在在諸仏土・常与師■〈にんべんに具〉生』と、妙法蓮華経の一句を身をもって読み、その功徳で、地涌の菩薩の本事を知り、法華経の意味をかすかながらも身読することができました。なんたるしあわせでございましょうか」
 「在在諸仏土・常与師■〈にんべんに具〉生」とは、法華経化城喩品に説かれる一節である。師と弟子が、常に同じ仏国土に生まれ、共に仏法を行じていくことを教えたもので、仏法の師弟の絆が、三世にわたって流れ通うことを示している。
 この戸田先生の確信と地涌の誓いを源流とし、第3代会長・池田先生の不惜身命の闘争によって、日蓮仏法は世界192カ国・地域に広がった。今、深き使命を自覚して、仏法を実践する地涌の同志が陸続と誕生している。
 欧州教学研修会に参加したあるメンバーは、「『在在諸仏土・常与師■〈にんべんに具〉生』の深義を学び、感銘しました。この一節を抱き締め、妙法流布に生き抜きます」と力を込めて語っていた。
 池田先生は述べている。
 「使命を自覚した者は強い。何も恐れない。自分にしかない価値を、自分の尊さを知っているからである。学会は、広宣流布という偉大なる使命に生きるがゆえに、恐れるものは何もない」
 いよいよ創立の月・11月を迎える。私たちは、「宿縁ふかし」との御聖訓をあらためて深く胸に刻み、創価三代の師弟に連なる広宣流布の新たな大闘争に、意気揚々と出発していきたい!

挿絵

〈教学TALK〉  テーマ:一念三千

Q 職場環境に不満があります

A 一念が変われば、周囲をも変革できる

登場人物

 新井男子部本部長 学会3世の36歳。20代半ばまで学会活動をしていなかったらしい。
 相馬男子部部長 32歳。ハウスメーカーの営業マン。チームリーダーを務める。

 信心の素朴な疑問に答える「教学TALK」。今回は「一念三千」をテーマに語らいを広げる。打ち合わせ終了後、新井男子部本部長は、相馬男子部部長から職場での悩みの相談をされて……。

 相馬男子部部長 最近、仕事が思うように進みません。チームのリーダーを任せられているんですが、営業成績も伸びなくて……焦っています。
 新井男子部本部長 相馬君にしては珍しく落ち込んでいるね。チームには何人のメンバーがいるんだい?
 相馬 僕を入れて5人です。でも、モチベーションが低いメンバーがいたり、自分勝手な言動が目立つメンバーがいたりで……。
 新井 分かった、分かったよ(苦笑い)。相馬君は学会活動でも仕事でも、人一倍、頑張っているからなあ。とにかくチームのメンバーに変わってもらいたいと思っているんだね?
 相馬 そうなんですよ! メンバーが少しでも成長してくれさえすれば、成績だって伸びるはずなのに……。
 新井 そっかあ。相馬君、「一念三千」って覚えてる? 青年部教学試験3級で学んだはずなんだけど。
 相馬 「一念」っていうのは、僕たちの瞬間瞬間の生命のことで、その一念に三千の諸法が具わっている……そんな話でしたよね。
 新井 うん。その上で、続きがあったよね。「一念三千」の法理を通して、僕らが学び合ったのは「瞬間瞬間の僕らの生命に、〝無限の可能性〟が秘められていて、自分自身の一念が変われば、自分を取り巻く環境をも変えていける」ということだったよね。
 相馬 ああ! 思い出しました!
 新井 うん。じゃあ相馬君は今まで、自分のチームのことをどう祈ってきたのかな。
 相馬 「メンバーのここを直してほしい」とか「ここを変えてほしい」って祈ってましたけれど……あれ? これって……。
 新井 そう。気付いたね。大事なことは、「まず自分が変わる」こと。他人や環境のせいにしてしまう一念を変えること。その一念を変えるための戦いが「祈り」なんだよ。
 相馬 ……僕、心のどこかで「自分は悪くない。自分は頑張っている。だから変わらなければならないのは、メンバーの方だ」って思っていました。
 新井 もちろん相馬君は頑張ってるさ。メンバー自身に課題があるのも事実だろう。その上で環境をよい方向へ変えたければ、まず自分が人間革命をすることだよ。どうすればチームの皆が力を発揮していけるか、真剣に祈っていくことだよ。
 相馬 そう思うと、みんなのせいにしていた僕の一念が、みんなにも伝わっていたのかも。そりゃあ、やる気もなくすよなあ。
 新井 大丈夫、ここからが勝負だよ! 池田先生は「『誰か』ではない。『自分』である。自分が勝つことだ。自分に勝つことだ。その姿こそが、皆に勇気を波動させていくのだ」と励まされている。師匠が、そして学会の先輩たちが、地域や社会で、そして世界で、その実証を僕らに示してきてくれたじゃないか。後継の僕らにも、できないわけがない。それを証明してみせようよ! (聖教新聞2017年10月28日付掲載)