男子部「御書活」研鑽

3月度「御義口伝」

師と共に勝利の師子吼を3月度「御義口伝」

 3月度の男子部「御書活動者会(御書活)」では、「御義口伝」を研さん。広布拡大の原理である師弟不二の精神を学ぶ。

御文

 師子吼とは仏の説なり説法とは法華別しては南無妙法蓮華経なり、師とは師匠授くる所の妙法子とは弟子受くる所の妙法・吼とは師弟共に唱うる所の音声なり作とはおこすと読むなり、末法にして南無妙法蓮華経を作すなり(御書748ページ)

通解

  師子吼とは仏の説法である。説法とは法華経、別しては南無妙法蓮華経を説くことを指す。師子吼の「師」とは、師匠である仏が授ける妙法であり、「子」とは弟子が受ける妙法であり、「吼」とは師匠と弟子が共に唱える音声をいうのである。「作」とは「おこす」と読む。「師子吼を作す」とは、末法において南無妙法蓮華経をおこすことをいうのである。

挿絵

背景と大意

  「御義口伝」は、日蓮大聖人が身延で法華経の要文を講義された内容を、日興上人が筆録し、大聖人の許可を得て、完成したものと伝えられている。
 各項目では、経文の一節を挙げ、関連する天台大師、妙楽大師等の釈を引用するなどした上で、「御義口伝に云く……」と、末法の御本仏のお立場から法華経の解釈を展開されている。
 今回の研さん範囲は「勧持品十三箇の大事」の「第五作師子吼の事」。師匠と弟子が不二の心で妙法を弘めていくという、広宣流布の根本原理が示されている。

挿絵

弟子の誓願を果たす時は今

  「師子吼」とは、百獣の王・ライオンが吼える声のことである。
 仏法では、何ものも恐れず、悠然と正法を語る「仏の説法」の在り方を例えている。また、「師子王」は仏の異名ともされている。
 大聖人は、御書の随所で「師子」「師子王」という言葉で釈尊や法華経を例えられているほか、「日蓮程の師子王」(御書982ページ)等、御自身についても「師子王」になぞらえている。
 法華経勧持品では、釈尊滅後の悪世における弘教を誓う諸菩薩の模様が説かれる。それが、「便ち仏前に於いて、師子吼を作して、誓言を発さく……」(法華経417ページ)との一節から始まる箇所だ。
 ここでは、仏の説法ではなく、弟子が仏に誓願を述べることが「師子吼」とされている。なぜか。それは、弟子が師匠である仏と同じ誓願に立って発した言葉だからであると拝せよう。大難を恐れず、万人の幸福のために戦い抜く師と同じ心が、弟子の生命に脈動する時、その誓願は「師子吼」となるのだ。
 日蓮大聖人はこの「師子吼」について、師と弟子が、共に妙法を唱え、弘める音声であると示された。さらに「作」を「おこす」と読むのだと仰せになっている。
 弟子が師と心を合わせ、自発能動で行動を起こす中に、師弟不二の要諦がある。
 「誰か」ではない。「自ら」が決意して立ち上がるのだ。今いる場所で、師との誓いを胸に、広布の戦いを勇敢に起こすことだ。その師弟共戦の実践こそが、「師子吼を作す」ことの本義であるといえよう。
 いよいよ、3月11日の「世界青年部総会」が目前に迫った。3・16「広宣流布記念の日」60周年を慶祝する同総会。その淵源は1958年(昭和33年)3月16日、戸田先生のもと、青年6000人が集って挙行された、〝広宣流布の模擬試験〟といわれる記念式典である。
 戸田先生は席上、「創価学会は、宗教界の王者である!」と師子吼し、池田先生を中心とする後継の弟子に広布のバトンを託した。
 以来、60星霜。今回の総会は、国内1200会館と海外の会場を中継で結び、当時の100倍となる60万人の青年が参加して、創価後継の誓願を打ち立てる、広布史に永遠に刻まれゆく式典となろう。当日は、音楽隊、鼓笛隊の演奏や、「誓いの青年よ」の合唱、そして、世界の池田門下の青年による〝後継の宣言〟に続き、広布誓願の決意を込めた勤行・唱題を世界の友と心一つに行う予定だ。
 60年前の「3・16」――その3カ月前、戸田先生の生涯の願業であった会員75万世帯の拡大が成し遂げられた。その原動力になったのが、若き池田先生を中心とする創価の青年たちだった。
 池田先生はつづっている。
 「もし師弟の誓願が達成できていなければ、『3・16』の式典――あの後継の大儀式は完成されなかった。創価学会の師弟が、永遠に継承しゆくものは、『常勝の魂』である」
 歴史的な総会に向け、今こそ弟子の私たちが、広布の誓いを果たす時! 弘教と人材の拡大に挑み抜き、一人一人の勝利の姿で、またとない「3・16」を晴れやかに荘厳しようではないか!

挿絵

〈教学TALK〉  テーマ:下種仏法

Q 折伏の秘訣ってありますか

A 相手の幸福を祈り、語り続けること

登場人物

 新井男子部本部長 学会3世の37歳。20代半ばまで未活動だったらしい。これまで8世帯の弘教を実らせた。
 大山ニュー・リーダー 半年前に発心した23歳。ノリがよく、遊び友達も多い。

 信心の素朴な疑問に答える「教学TALK」。今回は「下種仏法」をテーマに語らいを広げる。新井男子部本部長が、折伏に挑戦している男子部大学校生、大山ニュー・リーダーの自宅を訪問しました。

 新井男子部本部長 大山君、すごいね! 世界青年部総会に向けて、頑張っているじゃないか。
 大山ニュー・リーダー ありがとうございます。自分なりに、勇気を出して8人の友人に学会の話をしました。でも……。
 新井 どうしたんだい?
 大山 誰も納得してくれないんです。もっと簡単に分かってもらえると思ったのに。それで、〝自分に折伏はできないんじゃないか〟と悩んでいたところです。何か秘訣ってあるんですか?
 新井 秘訣かあ。あったら、自分も教えてもらいたいくらいだよ(笑い)。少し、僕の話をしてもいいかな。僕が発心したのは20代半ば。大山君みたいに、大学校に入って、無我夢中で折伏に挑戦したよ。でも、10人、20人と語っても、全く弘教が実らなかった。
 大山 新井本部長にも、そんな時があったんですね。ちょっと意外です。
 新井 大山君は「下種」という言葉を聞いたことはあるかい?
 大山 えーと、仏法を語ることですよね。
新井 うん。「下種」には「発心下種(妙法を聞いて相手が発心した場合)」と「聞法下種(相手が話は聞いたものの発心しなかった場合)」とがある。いずれも、相手の生命に「妙法の種」を蒔いたことになり、その功徳も全く同じなんだ。それに、相手の生命に蒔いた妙法の種は、時が来れば必ず、花開いていくんだよ。
 大山 僕の友人も、いつか信心する時が来るのかな……。
 新井 大事なことは友人の幸せを具体的に祈ること。そして仏法を語り続け、相手の悩みに寄り添い続けていくことだよ。僕も、その実践を何年も続ける中で、友人から「悩みを聞いてほしい」と言われることが増えたんだ。その中で、入会を希望する友人が1人、2人、3人と現れたんだよ。
 大山 そうか……。僕に足りなかったのは相手を思う一念でした。心のどこかで〝これだけ語っているのに、何で分かってくれないんだ〟と思っていたのかもしれません。
 新井 折伏とは、まさに、相手を変える挑戦である以前に、自分自身をよりよく変えていく挑戦ともいえるね。
 大山 はい! まずは祈る姿勢を変え、あの友この友に仏法を語り抜いていきます。
 新井 「絶対に友人を幸せにします」「共に充実した人生を歩んでいきます」との誓願の祈りを根本に、粘り強く友人と対話し続けていこう。その挑戦を貫けば、必ず、大山君の真心が相手に届く時が来るから! (聖教新聞2018年2月24日付掲載)