女子部「御書池田大学運動」

11月度「日女御前御返事(御本尊相貌抄)㊤」

末法の全民衆を救う 広宣流布のための御本尊11月度「日女御前御返事(御本尊相貌抄)㊤」

本抄について

 本抄は、建治3年(1277年)8月、日蓮大聖人が身延で著され、日女御前に送られたお手紙です。日女御前について、詳細は明らかではありませんが、深い教養があり、信心強盛な女性であったと考えられます。
 文永11年(1274年)に起きた蒙古襲来(文永の役)以降、社会は再びの襲来に対する恐怖で騒然としていました。
 そのような状況の中で、日女御前は純粋な信心を貫き、大聖人から御本尊を賜ったことへの感謝を込めて御供養をお届けしました。そのことへの御礼にあたるのが本抄です。
 御本尊の相貌の深い意義が明かされていることから、別名を「御本尊相貌抄」といいます。

拝読範囲の大意

(御書1243ページ冒頭~1244ページ4行目)
 はじめに、御本尊への供養に対する感謝を述べられ、日蓮大聖人が顕された御本尊は、釈尊滅後の二千年の間、誰も顕すことがなかった仏法の極理を具現化したものであり、それは末法において大聖人が初めて「法華弘通のはたじるし」として顕したのだと述べられています。
 そして、御本尊の相貌が、法華経に説かれる「虚空会の儀式」を用いて顕されていることを記され、十界の全ての衆生が「妙法五字の光明」に照らされて、「本有の尊形」となるとの意義を教えられています。

挿絵

御文

爰に日蓮いかなる不思議にてや候らん竜樹天親等・天台妙楽等だにも顕し給はざる大曼荼羅を・末法二百余年の比はじめて法華弘通のはたじるしとして顕し奉るなり(御書1243ページ7行目~8行目)

通解

ここに日蓮は、なんという不思議なことであろうか、竜樹・天親ら、天台・妙楽らでさえも顕されなかった大曼荼羅を、末法に入って二百年余りが過ぎたころに、初めて法華弘通の旗印として顕したのである。

解説

ありのままの尊い自身を輝かせる

 日蓮大聖人の顕された御本尊は、正法時代の竜樹・天親や、像法時代の天台・妙楽など、仏法の正統な継承者とされる人々でさえも顕すことはありませんでした。
 末法の衆生の成仏の道を開くには、法華経の真髄である南無妙法蓮華経の仏種を衆生の生命の〝心田〟に直接、植える以外にありません。
 そして、大聖人は不惜身命で大難と戦い抜くことで法華経を身読し、御自身の生命に仏の境涯を開かれました。御本尊には、南無妙法蓮華経と一体の大聖人の仏の生命が、そのまま顕されています。
 私たちは大聖人の顕された御本尊を信心で拝することで、誰もが自身の胸中の仏種を働かせ、仏界を涌現することができます。御本尊の出現によって、未来永遠にわたる万人成仏の道が開かれたのです。
 大聖人は、この御本尊を「法華弘通のはたじるし」と宣言されています。
 「旗印」は、戦場などで敵味方の目印として旗に付ける文字や旗そのものをいいます。「法華弘通のはたじるし」とは、大聖人の一門が、いかなる困難があろうとも、全人類を平和と幸福へ導くのだとの誓いに生き抜くために掲げられたものであると拝せます。
 この広宣流布の旗印を掲げ、世界に幸福の連帯を広げてきたのが創価三代の会長です。
 池田名誉会長は「一人また一人へと、人間革命の旗、宿命転換の旗を手渡していくことです。あの地、この地に妙法流布の法旗を打ち立ててこそ広宣流布です。その晴れやかな誇り高き『旗印』となる御本尊なのです」と語っています。
 広宣流布の大願を抱き、勇気をもって妙法を語り広げることによって、自身の生命に、何ものにも崩れない幸福境涯を築き上げることができるのです。
 御本尊の相貌は、「妙法五字」すなわち南無妙法蓮華経が中央に認められ、仏・菩薩をはじめとする十界の全ての衆生が納まっているというものです。大聖人は、この十界の衆生が「妙法五字の光明にてらされて本有の尊形となる」と仰せです。
 「本有の尊形」とは、本来のありのままの尊い姿のことであり、私たちに即して言えば、どんな時も、いかなる状況にあっても、御本尊を根本として、ありのままの自分自身が持つ本来の力を発揮し輝いていけるということです。
 名誉会長は、「万人を『本有の尊形』と照らし出す御本尊、すなわち『全民衆のための御本尊』を、日蓮大聖人が初めて顕されたのです。まさに、『人間のための宗教』の世界を示された『未曾有の大曼荼羅』にほかなりません」と語っています。
 世界広布の新時代へ、広宣流布の旗を高らかに掲げ、朗らかに前進していきましょう。 

挿絵

理解を深めよう

地涌の菩薩と虚空会の儀式

  日蓮大聖人は本抄の最初の部分で御本尊について、法華経の従地涌出品第15から嘱累品第22までの「八品」に顕れていると仰せです。
 法華経は全部で28品から成ります。そこに貫かれる大きなテーマは、〝釈尊滅後の広宣流布を誰が担うのか〟です。
 見宝塔品第11で、巨大な宝塔が大地から出現します。釈尊は、それまで地上(霊鷲山)にいた大衆を空中(虚空)に引き上げ、「虚空会の儀式」が始まります。
 「虚空会の儀式」は、釈尊亡きあとの広宣流布を真実の弟子に託す、つまり付嘱第15で、釈尊は、多くの菩薩の誓いの言葉を退け、娑婆世界の大地の下から無数の菩薩を呼び出しました。これが「地涌の菩薩」です。
 そして、如来寿量品第16で、釈尊が久遠の仏であることが明かされます。さらに、如来神力品第21において、上行菩薩をリーダーとする無数の地涌の菩薩に対する付嘱が行われ、次の嘱累品第22で虚空会の儀式が終了し、地涌の菩薩は法華経の会座から去ります。
 このように、「八品」において、悪世末法における広宣流布の主体者が地涌の菩薩であることが明かされています。
 大聖人は末法広宣流布のために、御自身が上行菩薩にあたるとの自覚に立ち、御本仏としての生命そのものである南無妙法蓮華経を御本尊として顕されました。そのことをもって、末法の全人類に仏界湧現の道を開かれたのです。
 大聖人と同じ広宣流布の志を抱いて御本尊を拝する時、私たちも虚空会の儀式に連なり、地涌の菩薩として妙法の功力を現していくことができるのです。

(聖教新聞2013年11月12日付掲載)