女子部「御書池田大学運動」

5月度「崇峻天皇御書①」

誠実を貫き人生の勝利者に5月度「崇峻天皇御書①」

本抄について

 本抄は建治3年(1277年)9月、日蓮大聖人が身延で認められ、四条金吾に与えられたお手紙です。別名を「三種財宝御書」といいます。
 金吾は、主君の江間氏を折伏したことがきっかけで、主君から遠ざけられるようになりました。さらに、冤罪によって、〝法華経の信仰を捨てなければ所領を没収する〟と、主君から迫られ、最大の危機に直面します。
 しかし、金吾は迷うことなく信心を選び、大聖人の御指導通りに誠実な振る舞いを貫いていきました。
 そんな中、江間氏が重い病に倒れ、医術の心得のあった金吾が治療にあたることになったのです。本抄は、この報告に対する返信です。
 大聖人は、主君からの信頼を確かなものにする大事な時だからこそ油断してはならないと、賢人としての生き方を教えられています。

拝読範囲の大意

 (御書1170ページ冒頭 ~1173ページ2行目)
 日蓮大聖人は四条金吾が信心を貫けるのは主君のおかげであると教え、金吾の信心の功徳は主君の病気平癒の力となることを示されています。
 さらに「内薫外護」について教えられるとともに、主君の病を機に状況が変化したのは、金吾が苦境を打開できるように諸天善神が働いたからであり、諸天の働きは金吾の信心によるものであることを示されています。
 その結果として、金吾のことを快く思わない人々からの嫉妬が激しくなることを心配され、敵には十分に用心をし、今この時に、忍耐強く賢明に対処するよう、事細かに指導されています。

挿絵

御文

 仏法の中に内薫外護と申す大なる大事ありて宗論にて候、法華経には「我深く汝等を敬う」涅槃経には「一切衆生悉く仏性有り」馬鳴菩薩の起信論には「真如の法常に薫習するを以ての故に妄心即滅して法身顕現す」弥勒菩薩の瑜伽論には見えたり、かくれたる事のあらはれたる徳となり候なり(御書1170ページ7行目~1171ページ2行目)

通解

仏法の中に、「内薫外護」という大変に大事な法門があって、それは仏法の要です。法華経には「私は深くあなた方を敬います」、涅槃経には「ありとあらゆる人々には悉く仏性がある」、馬鳴菩薩の『起信論』には「真如の法が常に薫習する故に、妄心がすなわち滅して、法身が顕現するのである」と説かれ、弥勒菩薩の『瑜伽論』にも説かれております。
 目に見えない徳が、はっきりと現れた徳となるのです。

解説

苦難に打ち勝つ賢者の道を

 生命の尊厳を教え、一人一人を最高に輝かせていくのが日蓮仏法です。

自分が変われば周りが変わる――私たちが日々、実践する日蓮大聖人の仏法は、現実変革の宗教です。今回学ぶ御文では、「内薫外護」の法理を示されています。
 「内薫」とは、私たちの生命に内在する仏性が内から薫り出てくることです。
 例えていえば、香をたくと衣服にその香りがついてくるように、仏性が薫発し、香りが漂うように自身の仏性が現れてきます。
 「外護」とは、この内薫に引かれて、他の生命の仏性が働き始めるなどして、外から守り助ける働きが現れることをいいます。
 自身の仏性の「内薫」があってこそ、周りの人々の仏性を目覚めさせて、諸天善神の守護の働きを呼び起こすことができるのです。大聖人は、このことを教えるために、全ての人の生命に仏性が内在していることを示している経文や釈を挙げられています。
 自分の外に「仏」を求めるのではなく、幸福を開くのは自分自身であることを知り、信心根本に現実に立ち向かっていく――それが日蓮仏法の生き方です。
 こうした「内薫」の具体的な実践こそ、「唱題」です。
 大聖人は唱題の功徳について、「口に妙法を呼びたてまつれば、わが身の仏性も呼ばれて必ず顕れるのである。梵天や帝釈の仏性は、呼ばれて我らを守る。仏や菩薩の仏性は、呼ばれて喜ばれるのである」(御書557ページ、通解)と仰せです。御本尊へのひたぶるな祈りによって、自身の中にある仏性が呼び覚まされ、そして自身を取り巻く環境の変化が現れていくのです。
 日々の生活の中で、悩みにぶつかったとき、その原因を環境や他人のせいにしてしまえば、自身の生命に内在する仏性を開くことはできません。どこまでも自分自身の生命変革に挑む祈りが根本であり、その強き一念によって、厳然と諸天の守護が現れるのです。
 金吾の置かれた状況も、金吾自身が大聖人に不退転を誓ったところから劇的な変化が起こりました。
 いかなる状況であっても大聖人の御指導通りに誠実を貫き通した金吾の信心が、諸天を動かして勝利の扉を開いていったのです。
 このことを踏まえ、大聖人は、目には見えない徳も、はっきりとした功徳と現れていくと教えられています。
 地道に活動に励み、悩んでいる友へ励ましを送る私たちの振る舞いは、自身の福徳となるばかりでなく、友の幸福をも開いていきます。妙法を語り弘め、自他共の幸福をますます広げていきましょう。

挿絵

理解を深めよう

細心の注意を払う

 大事な局面であるからこそ、絶対に油断してはならない――日蓮大聖人は本抄で四条金吾に対し、繰り返し注意を促されています。大聖人は、屋敷の出入りの際や家の中でも注意を怠らないようにと、具体的に指導されています。
 他の御書においても、「さきざきよりも百千万億倍・御用心あるべし」(御書1169ページ)等と何度も呼び掛けられ、信心しているからこそ細心の注意を払って賢明に振る舞うのが仏法者の生き方であることを教えられています。
 後に金吾は実際に襲撃されましたが、難を逃れることができました。難を無事に免れたとの報告を受けた大聖人は、その一因として、「前前の用心」(同1192ページ)――前々から深く用心していたからだと、心から喜ばれています。
 大聖人は、本抄で「此れよりの歎き」(同1171ページ)と述べられ、もしも金吾の身に何かあれば、大聖人ならびに門下が、どれほど悲しむことになるかと仰せです。弟子に事細かに注意を促されるのも、全て弟子を思う師匠の真心からでした。
 池田名誉会長は女子部に、「濁世の社会にあって、事故などに巻き込まれないことも大切である。帰宅も夜遅くならないよう、細心の注意を払って、どうか『無事故第一』『健康第一』の聡明な前進をお願いしたい」と呼び掛けています。
 弟子の幸福を心から願われる師匠の祈りに心を合わせ、無事故を期していくことが勝利の前進となるのです。

(聖教新聞2014年5月10日付掲載)