女子部「御書池田大学運動」

1月度「妙一尼御前御消息」

試練の冬を乗り越え幸福輝く勝利の春を1月度「妙一尼御前御消息」

本抄について

 本抄は、建治元年(1275年)5月、日蓮大聖人が身延で認められ、鎌倉に住む妙一尼に与えられたお手紙です。
 大聖人が竜の口の法難、佐渡流罪という大難に遭われる中、激しい迫害は門下にも及びました。妙一尼とその夫も、所領を没収されるなどの弾圧を受けましたが、法華経の信仰を貫き通したのです。
 その後、大聖人は佐渡流罪を赦免されましたが、妙一尼の夫は、その知らせを聞く前に亡くなりました。大聖人は、妙一尼の悲しみに寄り添いながら、心からの励ましを送られています。

大意

 釈尊は入滅の時まで、あたかも病気の子を心配するように、数々の悪業を積んだ阿闍世王のことを気に掛けていました。日蓮大聖人は、このことに触れながら、妙一尼の夫にとって、子を残して亡くなったことは、さぞ心残りであったでしょうと、その心中をしのばれます。
 そして、「冬は必ず春となる」という自然の道理と同じように、法華経への信を貫いた人は必ず成仏すると、妙一尼の夫の成仏を断言されます。
 重ねて、雪山童子や薬王菩薩が身命を捨てて仏法を行じた例を挙げ、凡夫であっても信仰を貫いた妙一尼の夫には、彼ら聖人たちに等しい功徳があることを教えられています。
 最後に、何があっても幼い子どもたちを大聖人御自身が見守っていくことを約束して、本抄を結ばれています。

挿絵

御文

 法華経を信ずる人は冬のごとし冬は必ず春となる、いまだ昔よりきかず・みず冬の秋とかへれる事を、いまだきかず法華経を信ずる人の凡夫となる事を、経文には「若有聞法者無一不成仏」ととかれて候(御書1253㌻16行目~17行目)

通解

 法華経を信じる人は冬のようです。冬は必ず春となります。
 昔より今まで、聞いたことも見たこともありません。冬が秋に戻るということを。また、今まで聞いたこともありません。法華経を信じる人が仏になれず凡夫のままでいることを。
 経文には、「もし法を聞くことができた者は、一人として成仏しない者はいない」(法華経方便品第2)と説かれているのです。

 

解説

どんな時も求道の心で前へ

 人生の〝冬〟を乗り越えゆく希望の哲学――それこそが、全ての人を勝利の春、歓喜の春、幸福の春へと導く日蓮大聖人の仏法です。
 本抄を頂いた当時、妙一尼は、まさに人生における厳しい冬の時代でした。
 大聖人は、掲げた御文の前段で、妙一尼の亡き夫が、どこまでも大聖人を求め抜く真の弟子であったことを述べられています。そして、例えを通して示されます。
 ――凍てつく寒さの冬も、やがて必ず暖かな春となります。この誰にも変えることのできない大自然の法則と同じように、あなたの亡き夫の成仏は間違いないのですよ、と。
 さらに、冬から秋へと季節が逆戻りすることがないように、法華経を信じる人が苦しみの境涯を流転することはないと述べられ、法華経の文を踏まえながら、「法華経を聞いた人は一人ももれなく成仏する」というのが仏の約束なのだと断言されます。
 春になると満開の花を咲かせて、私たちを魅了する桜も、美しい花を咲かせるためには、厳しい冬を乗り越えなければなりません。それは、人生も同じです。
 私たちの生命には、誰しも仏の生命が内在しています。その仏の生命を開き、人生勝利の大輪を咲かせるためには、真冬の寒さのような厳しい宿命や難に対して、信心で立ち向かうことが不可欠です。
 悩みや苦難を一つ一つ信心で乗り越えるからこそ、何があっても負けない自分自身へと成長することができます。むしろ、試練が厳しければ厳しいほど、勝利の春を迎える喜びは大きいのです。
 苦難のまっただ中にある時は、苦しみの連続のように感じられるかもしれません。
 しかし、冬は春へと、寒暖を繰り返しながら、少しずつではあっても必ず移り変わっていきます。同じように、妙法根本に試練と戦うことは、現実が厳しいものであっても、間違いなく幸福の軌道を進んでいることになるのです。
 大切なのは、御本尊への揺るぎない確信です。
 池田名誉会長は、本抄の講義の中で、「後で必ず意味が分かる時がきます。そのためにも、苦しい時も、楽しい時も、唱題を根本に進んでいくことが肝要です」と述べています。
 信心を貫くなかで必ず宿命転換できることを確信し、幸福の花を爛漫と咲かせていきましょう。

挿絵

理解を深めよう

妙一尼

 鎌倉の女性門下・妙一尼。迫害にも屈することなく、どんな苦難の中にあっても純真な信心を貫いたその生き方は、〝女性門下の鑑〟ともいえるでしょう。
 本抄を頂いた時、妙一尼は夫に先立たれていました。日蓮大聖人は本抄で、不安の中にいる妙一尼の心に寄り添いながら、先立った夫の心中をしのばれています。
 ――亡くなったご主人には病気の子もあり、女の子もいます。ご主人は、「子どもを残し、この世を去ってしまったら、枯れ朽ちてしまった木のような老いた妙一尼が一人、残って、この子どもたちをどれほど気の毒に思うだろうか」と嘆かれたに違いない、と。
 妙一尼自身、体が強くないうえに、病気の子らを抱えて生き抜くのは、どれほど大変であったことでしょう。
 しかし、妙一尼の求道の心は微動だにしませんでした。大聖人の身を案じて、佐渡や身延に使用人を遣わし、さらに真心こもる衣を御供養するなど、〝師匠のために〟との一心で大聖人をお守りし続けたのです。
 大聖人は、この健気な母に対し、何があっても幼い子どもたちのことを私が見守っていきましょうと仰せになり、自身を支えてくれる妙一尼の恩義に対して次の世でも報いていく心情を記されています。
 師匠の大いなる慈愛に触れ、妙一尼の心は春のような温かさに包まれたことでしょう。師弟の絆は、弟子が師を求めて懸命に戦い続ける中でこそ実感できる〝心の絆〟なのです。

(聖教新聞2015年1月10日付掲載)