女子部「御書池田大学運動」

3月度「如説修行抄㊦」

勇気の対話を広げ民衆の幸福と社会の繁栄を3月度「如説修行抄㊦」

本抄について

 本抄は、文永10年(1273年)5月、日蓮大聖人が流罪地の佐渡・一谷で認められています。題号の「如説修行」とは、「仏の説の如く修行する」、すなわち、釈尊の説いた通りに実践するとの意味です。「仏の説」とは、「釈尊の説」との意味であり、大聖人門下にとっては「末法の御本仏である大聖人の説」と拝せます。
 大聖人が佐渡へ流罪された当時、大聖人一門への弾圧も、いよいよ激しさを増し、門下の中には疑いを起こして退転する者も多くいました。
 本抄で大聖人は、末法の法華経の行者に三類の強敵が競い起こることは全て経文通りであり、大聖人ならびにその一門こそ、「如説修行の行者」にほかならないことを明かされています。
 そして、迫害に耐えて折伏・弘教に励んでいる門下一同に対し、大聖人と同じ心で折伏の実践を貫いていくよう激励されています。

大意

 数々の経典があるなかで、釈尊の真意が述べられているのは、万人成仏を説く法華経のみであり、法華経に説かれる通りに仏法を行ずるのが如説修行の行者であると示されています。
 さらに、末法においては、権教(=仮の教え)が実教(=真実の教えである法華経)の敵となっており、こうした時には、真実の教えを明らかにする折伏の修行こそ、ふさわしいと述べられます。
 そして、折伏の実践を法華経に説かれる通りに行っているのは、天台大師、伝教大師を超える大難を受けてきた日蓮大聖人とその門下であることを明かされています。
 最後に、どのような強敵が競い起ころうとも、退転したり恐れてはならないと教えられ、妙法を唱え抜いていくならば成仏は疑いないと励まされています。

挿絵

御文

 されば釈尊御入滅の後二千余年が間に如説修行の行者は釈尊・天台・伝教の三人は・さてをき候ぬ、末法に入っては日蓮並びに弟子檀那等是なり、我等を如説修行の者といはずば釈尊・天台・伝教等の三人も如説修行の人なるべからず(御書504㌻9行目~11行目)

通解

 ゆえに、釈尊滅後の二千余年の間で、如説修行の行者は、釈尊・天台大師・伝教大師の三人はさておいて、末法に入ってからは、日蓮並びにその弟子檀那だけである。
 我らを如説修行の者と言わないのなら、釈尊・天台・伝教の三人も如説修行の人とはならないのである。

 

解説

大聖人とその一門こそ末法の「如説修行の行者」

 仏法を正しく継承して、全ての人の幸福のために戦う真実の如説修行の行者とは一体、誰なのか――。
 掲げた御文の前段で、日蓮大聖人は、天台大師、伝教大師と御自身とを比較され、大聖人ほどの大難を受けてきた者はいないと仰せになっています。
 大聖人が弘められた「南無妙法蓮華経」は、万人成仏を可能とする唯一の大法です。しかし末法では、何が真実の教えであるかが分からなくなり、人々は法華経以外の仮の教え(権教)への執着を増します。この結果、妙法への反発が強まり、末法において妙法を弘める人には、天台大師、伝教大師が経験した以上の激しい大難が起こるのです。
 しかし大聖人は、広宣流布によって一切衆生を救おうとする大慈悲のお心から、不惜身命の実践で、あらゆる障魔に打ち勝ってこられました。
 大聖人は、そうした御境涯の上から、末法における如説修行の行者とは、「日蓮並びに弟子檀那」であると断言されているのです。
 大聖人は、御自身だけでなく、大聖人と同じく不惜身命の心で広布に戦う弟子もまた、如説修行の行者にほかならないと示されています。この大聖人の慈愛の仰せに、門下は、どれほど励まされたことでしょう。
 〝師弟不二〟こそ仏法の真髄であり、大聖人が自らの姿で示された通り、如説修行の実践に人生の勝利と幸福はあるのです。
 大聖人の大願を現代に受け継ぎ、民衆の幸福と平和のために一切の大難と戦ってこられたのが創価三代の師弟です。この師弟の実践に連なる私たちも「如説修行の行者」です。その誇りを忘れず、正義の旗を掲げて進むことで、大河のような広布の流れは未来へと続いていきます。
 大聖人は、本抄を結ばれるにあたって、「一生が過ぎゆくのは、わずかな間であるから、どんなに強敵が重なろうとも、決して退く心を起こしてはならない。恐れる心を起こしてはならない」(御書504㌻、通解)と仰せです。
 不退の信心を呼び掛けるこの大聖人の叫びは、門下の幸福を心から願う慈愛の励ましであり、ここには弟子の勝利を信ずる信頼と期待が込められています。
 池田名誉会長は、「師に誓った不二の信心を貫きゆく人生以上の誉れはありません」と述べています。師弟誓願の月、3月。唱題根本に勇気の対話を広げ、社会の繁栄を願う民衆の連帯をさらに拡大していきましょう。

挿絵

理解を深めよう

「権実二教のいくさ」

 日蓮大聖人は、人々の幸福を願い、どこまでも正義の言論戦を貫かれました。そうした闘争を本抄では、「権実二教のいくさ」(御書502㌻)と述べられています。
 末法において人々は、本来、方便として説かれた部分的な教え(=権教)への執着を深め、その結果、真実の教えである法華経(=実教)が見失われていきます。権教が即、「実教の敵」となってしまうのです。
 大切なのは、どういう教えを根本とするかです。万人の成仏を説き、あらゆる人の尊さを教えているのは唯一、法華経です。結局、法華経を根本としない限り、人も社会も、幸福と繁栄の道を進んでいくことはできないのです。
 法華経が根本とされるには、何が真実の教えかを粘り強い対話で人々に訴え抜く以外にありません。ゆえに大聖人は、どこまでも法華経の正義を掲げ、法華経の敵と戦い続けられたのです。
 池田名誉会長は述べています。「『生命を手段化する思想』『人を差別・分断する思想』が広がっているならば、その精神的土壌となっている元凶を強く打ち破らなければならない。人々を不幸に陥れる無明との戦い。これが『権実二教のいくさ』の本質であり、日蓮仏法の折伏精神の根幹にほかならない」と。
 自他の仏性を信じ、一人を大切に思うからこそ、相手に真実を語る。人々の生命に巣くう魔性や無明と敢然と戦う。この勇気と確信の声によって正義を広げていく「権実二教のいくさ」が、私たちの対話なのです。

(聖教新聞2015年3月14日付掲載)