女子部「御書池田大学運動」

 1月度「日女御前御返事(御本尊相貌抄)」

御本尊根本に幸福の軌道を 1月度「日女御前御返事(御本尊相貌抄)」

  今月から毎月、心新たに「池田華陽会御書30編」を学んでいきます。創価学会創立90周年の2020年末までに全30編を研さんします。本年の重点御書は、「日女御前御返事(御本尊相貌抄)」(1月)、「佐渡御書」(2・3月)、「乙御前御消息」(4・5月)、「兄弟抄」(6・7月)、「一生成仏抄」(8・9月)、「法華証明抄」(10月)、「阿仏房御書」(11月)、「減劫御書」(12月)の8編です。
 今月は「日女御前御返事」を拝して、御本尊への確信の祈りを根本に、「ロマン総会」から一年の誓いの出発を切っていきましょう(拝読範囲は本抄全編です)。

本抄について

 本抄は、建治3年(1277年)8月、日蓮大聖人が56歳の時に身延で認められ、女性門下の日女御前に送られたお手紙です。日女御前についての詳細は不明ですが、頂いた御書の内容から、信心と教養の深い女性であったと考えられます。
 本抄は、御本尊の御姿等の深義が明かされていることから、別名を「御本尊相貌抄」といいます。
 当時は、蒙古襲来(文永の役)後の混乱期で、再びの襲来の恐怖から、社会は騒然とした状況でした。
 そのような中で、日女御前は純粋な信心を貫き、大聖人から御本尊を頂いたことへの感謝を込めて、御供養の品々をお届けしました。本抄は、その真心に対する御返事です。

挿絵

御文

 此の御本尊全く余所に求る事なかれ・只我れ等衆生の法華経を持ちて南無妙法蓮華経と唱うる胸中の肉団におはしますなり、是を九識心王真如の都とは申すなり、十界具足とは十界一界もかけず一界にあるなり、之に依って曼陀羅とは申すなり、曼陀羅と云うは天竺の名なり此には輪円具足とも功徳聚とも名くるなり、此の御本尊も只信心の二字にをさまれり以信得入とは是なり(御書1244ページ9行目~12行目)

通解

 この御本尊を決して別の所に求めてはならない。ただ、私たち衆生が法華経を持って南無妙法蓮華経と唱える、その胸中の肉団にいらっしゃるのである。これを「九識心王真如の都」というのである。
 十界具足とは、十界のどの一界も欠けることなく一界に納まっているということである。このことによって、御本尊を曼陀羅というのである。曼陀羅というのはインドの言葉であり、訳すと輪円具足とも功徳聚ともいうのである。
 この御本尊も、ただ信心の二字に納まっている。「信によってこそ入ることができる(以信得入)」とはこのことである。

解説

ありのままで自分らしく輝く

 「万人を必ず幸福に」――この仏の願いを実現するため、日蓮大聖人は、末法の民衆を救う御本尊を顕されました。
 私たちは、この御本尊を拝して南無妙法蓮華経の題目を唱えることで、自身の仏界の生命を現すことができます。
 本抄の前半で大聖人は、この御本尊は、それまで誰も顕すことのなかった〝未曽有の御本尊〟であり、大聖人が初めて「法華弘通のはたじるし」として末法広宣流布のために顕されたと示されます。
 そして、掲げた御文で、〝この御本尊を決して別の所に求めてはなりません。妙法を持ち唱える、その胸中の肉団にいらっしゃるのです〟と、自らの生命の偉大さに目覚めていくよう教えられています。御本尊は自身の外にあるのではなく、信心に励む自身の胸中にあるのです。
 ゆえに、この御本尊がある「胸中の肉団」を、大聖人は、生命の根底に存在する何ものにも汚されない清浄なものとして、「九識心王真如の都」と表現されています。
 続いて、「十界具足とは十界一界もかけず一界にあるなり、之に依って曼陀羅とは申すなり」と仰せです。
 御本尊の相貌(姿・様相)を拝すれば、中央に「南無妙法蓮華経 日蓮」と認められ、その周りに、仏・菩薩をはじめとする十界の衆生が納まっています。妙法には、十界のいかなる衆生も救う力があります。自身が今、どんな境涯であっても、御本尊を拝すれば、ありのままの姿で仏界の生命を現し、自分らしく輝いていくことができるのです。
 大聖人は、十界の全てが欠けることなく一界に納まっているゆえに、御本尊を「曼陀羅(曼荼羅)」というと示されています。「曼陀羅」とは、サンスクリット(古代インドの文章語)に由来し、「輪円具足」(全てが欠けることなく具わること)とも、「功徳聚」(功徳の集まり)とも訳されます。
 この御本尊の偉大な功力を引き出すのは、どこまでも「信心」です。大聖人は〝この御本尊も、ただ信心の二字に納まっている〟と仰せです。私たちの信力・行力によって、御本尊の限りない仏力・法力を引き出すことができるのです。  池田先生は、「勇気も、智慧も、慈悲も、希望も、確信も、忍耐も、幸福へと前進しゆく、すべての力の源泉は、わが胸中にある」とつづっています。
 私たちの生命それ自体が尊極の〝妙法の当体〟であると確信し、唱題根本に勝利の一年を開いていきましょう。

挿絵

池田先生の指針から

 「御本尊根本」の信心を教えてくださったのが、牧口先生、戸田先生です。「御本尊根本」の信心と実践は、創価学会の出現によって厳然と確立されました。ですから、創価学会は御本尊の無量の功徳力を引き出すことができたのです。(中略)
 大聖人の仰せの通りの御本尊根本の信心は、創価学会にしかありません。だから、世界広布が現実のものとなったのです。
 私たちは、どこまでも「御本尊根本」の信心で、また、「大聖人直結」「唱題根本」「御書根本」の実践で前進してまいりましょう。(『勝利の経典「御書」に学ぶ』第11巻)
 ◇ ◆ ◇
 「御本尊」つまり根本として尊敬すべき当体は、自分自身を離れて、どこか特別な場所にあるのではない。
 妙法を信受して題目を唱え、広宣流布に励みゆく、ありのままの私たちの「胸中の肉団」に、おわします。これこそ、最も清らかで何ものにも汚されず、最も尊貴で何ものにも壊されない「元初の心の都」なのです。(2014・6・8付、本部幹部会へのメッセージ)

研さんのために

 ○…『勝利の経典「御書」に学ぶ』第11巻、「日女御前御返事」(聖教新聞社)
 ○…『御書の世界』第2巻、「御本尊」㊤㊥㊦(同)

挿絵

御書カフェ -華陽姉妹の語らい-

「教えて」 誓いを果たしていく上で大事なことは何ですか? 

「御文」 ちかいし願やぶるべからず(開目抄、御書232ページ)
〈通解〉誓った願いは断じて破るまい。

 誓願の人生を歩むうえで最も不可欠な要件はいったい何でしょうか。
 それは「不退の心」です。誓願は、貫き果たしてこそ、真の誓願です。(『開目抄講義』㊦)
 ◇ ◆ ◇
 仏の大願をわが誓願として生きぬく強き信心の人にこそ、仏界の生命が涌現するのです。  わが創価学会は、この「誓願」を不惜身命で貫き通してきたからこそ、すべてに大勝利することができたのです。(同)
 ◇ ◆ ◇
 人は誓いを立て、それに挑戦することによって、自らを高め、成長していくことができる。誓うことができるのは人間だけであり、誓いに生きてこそ、真の人間といえよう。(2016・9・5付、小説『新・人間革命』源流4) (聖教新聞2017年1月14日付掲載)