女子部「御書池田大学運動」

12月度「減劫御書」

民衆の幸福の実現が仏法の目的12月度「減劫御書」

  今月は、「減劫御書」を研さんします。
 池田先生は、つづっています。
 「万人の幸福を実現するために戦い抜く究極の人生、これほど心躍る生き方があるでしょうか。これ以上に生命が充実する生きがいはありません。日蓮大聖人の仏法の実践こそが、『万人の幸福への根本の道』であることを明らかになされたのが、今回学ぶ『減劫御書』です」
 人々の幸福の実現のために、妙法を根本に現実の変革に挑戦し続ける信仰者の生き方を学んでいきましょう(拝読範囲は本抄全編です)。

本抄について

 本抄は内容から、日蓮大聖人が建治2年(1276年)ごろに認められたお手紙で、駿河国(静岡県中央部)の門下・高橋六郎入道の死後、その縁者に送られたものと考えられます。
 題号の「減劫」とは、人々の心のうちの〝貪瞋癡(貪り・瞋り・癡か)の三毒〟が盛んになる時代のことをいいます。
 本抄御執筆の当時は、蒙古の再来に対する危機感が国中に広まっていました。大聖人は本抄で、仏教の誤った教えが不幸の根本原因であると指摘されます。そして、大悪は大善の起こる瑞相(前兆)であり、今こそ広宣流布の時であると述べられています。

挿絵

御文①

 法華経に云く「皆実相と相違背せず」等云云、天台之を承けて云く「一切世間の治生産業は皆実相と相違背せず」等云云、智者とは世間の法より外に仏法を行ず、世間の治世の法を能く能く心へて候を智者とは申すなり
 (御書1466ページ13行目~15行目)

通解

 法華経の法師功徳品第19には「(法華経を受持し抜いた人が世間のいかなることを説いても)全ては実相に違背しない」とあり、天台大師はこれを受けて、「一切の日常の生活や社会の営みは、みな実相に違背しない」と言っている。
 智者とは、世間の法から離れて仏法を行ずるのではない。
 世間において、世を治める法を十分に心得ている人を智者というのである。

御文②

 大悪は大善の来るべき瑞相なり、一閻浮提うちみだすならば閻浮提内広令流布はよも疑い候はじ
 (御書1467ページ5行目)

通解

 大悪は大善が来る前兆である。一閻浮提(全世界)が打ち乱れるなら、「閻浮提の内に広く流布せしめる」との経文通りになることは、よもや疑いあるまい。

解説

誠実な振る舞いで周囲に信頼を

 日蓮大聖人は本抄で、現実を変革し自他共の幸福を広げる仏法の智慧を明かされています。
 〈御文①について〉
 まず法華経法師功徳品第19の文や、それを解釈した天台大師の言葉を通して、政治や経済など、日常の生活や社会の万般にわたる営みは、決して妙法と異なるものではないことを示されています。さらに「智者」とは、世間の法から離れて仏法を行ずるのではなく、現実社会において、世を治める法を心得ている人のことであると仰せです。
 仏法の智慧と慈悲の力で、社会に貢献し、社会を正しく導いていく人が智者なのです。  どこまでも「仏法即社会」であり、「信心即生活」です。現実を離れて仏法はありません。私たちの実践で言えば、職場や地域、家庭など、今いる場所で信心根本に努力し、誠実な振る舞いで信頼を勝ち取っていくことが大切です。
 そのための原動力が唱題です。池田先生は、「妙法は『生活』と『社会』と『宇宙』の根本のリズムです。(中略)真剣な祈りから出発する。そして、これ以上ないという努力を重ね、死力を尽くす。これが『信心即生活』の生き方です」と述べています。
 〈御文②について〉
 本抄御執筆の当時、人々は蒙古の再来への不安の中にいました。大聖人は、この不幸の原因について、人々が誤った教えを信じて妙法に背いていることにあると指摘されています。
 国中が動揺するなかにあって、大聖人は、〝大悪は大善が来る前兆であり、今こそ、妙法が広宣流布することは間違いない〟との大確信を示されます。
 混迷の闇が最も深い時代にこそ、〝太陽の仏法〟が人々を照らしていくのです。
 その偉大な広布の使命を担っているのが創価学会であり、私たち池田華陽会です。池田先生は今年9月の本部幹部会のメッセージで、「どうか、広布と青春の途上に何が競い起ころうとも、『大悪は大善の来るべき瑞相なり』と大確信に燃え、いやまして勇敢に立ち向かってください」と呼び掛けています。
 「世界広布新時代 栄光の年」へ。尊い〝地涌の使命〟を胸に、今いる場所から幸福のスクラムを広げていきましょう。

挿絵

池田先生の講義から

 民衆が賢明になり、強くなってこそ、社会の中で、生命尊厳の思想、絶対平和の思想が広く、また深く定着していきます。(中略)
 その社会を築くためにこそ、仏法の「生命尊厳の思想」「万人尊敬の思想」「平和建設の思想」を幅広く宣揚していくことが不可欠なのです。「言論の力」「対話の力」「思想の力」で、人々の心に訴えかけ、安穏な社会を築くことが、私たち仏法者の人間的使命であり、社会的責務にほかならない。
 ◇ ◆ ◇
 すべてが行き詰まった末法の時代だからこそ、あらゆる旧弊を打ち破って根本から見直し、根源から出発して変革しようと動き出せるのです。大変革だからこそ当然抵抗はあります。しかし、そこにこそ新たな道が開けるのです。(中略)
 希望へ、幸福へ、安穏へ、平和へと、大悪を常に大善の方向へ転じていくのが、現実変革の宗教の証です。(『勝利の経典「御書」に学ぶ』第7巻)

研さんのために

 ○…『勝利の経典「御書」に学ぶ』第7巻、「減劫御書」(聖教新聞社)

挿絵

御書カフェ -華陽姉妹の語らい-

「教えて」 あっという間の一年でしたが、自分らしく学会活動に頑張りました。 

「御文」 仏の名を唱へ経巻をよみ華をちらし香をひねるまでも皆我が一念に納めたる功徳善根なりと信心を取るべきなり(一生成仏抄、御書383ページ)
〈通解〉 仏の名を唱え、経巻を読み、華を供え、香をたくことまでも、全て自分自身の一念に功徳・善根として納まっていくのだと、信心を起こしていきなさい。

 「勤行をはじめ、広宣流布のための私どもの活動の一つ一つが、自身の、また一家の、功徳、福運となり、幸せを築く大切な根っこになっていることを、強く確信していただきたいのであります。
 そして、活動に際しては、常に積極的であることです。さらに、組織としての目標だけでなく、自分個人の目標を明確にし、その成就と、自身のさまざまな苦悩の転換をかけて、祈り抜いて戦っていくんです。
 『広布の勝利』は『生活の勝利』になります。『活動の歓喜』は『人生の歓喜』になります。『学会活動が大好きだ!』『折伏が大好きだ!』という人の境涯は、仏なんです」(小説『新・人間革命』第26巻)
 ◇ ◆ ◇
 広布のための、どんなささいな努力も、苦労も、諸天は見逃さない。仏法の因果の理法は、絶対であるからだ。いかなる立場になろうとも、真剣に、誠実に、師弟の誓願に生き抜く。そう決めれば、恐れるものはない。(2015・2・1付、「名誉会長と共に 新時代を駆ける」) (聖教新聞2017年12月9日付掲載)