女子部「御書池田大学運動」

4月度「乙御前御消息㊤」

どんな時も求道の心で広布へ4月度「乙御前御消息㊤」

  今月から2回にわたり、「乙御前御消息」を学びます。
 池田先生は綴っています。
 「この御消息でも、大聖人は、乙御前とその母に、本当に幸福な人生を歩んでほしい。そのためにこそ、いかなる悪世でも、強く生き抜いていける信心を築いてほしい。そうした師匠の御慈愛が全編に込められています」
 師匠を求め、佐渡へ、身延へと足を運び、純粋な信心を貫いた女性門下への日蓮大聖人の慈愛あふれる励ましを心に刻むとともに、苦難を乗り越えるための強盛な信心の姿勢を学びましょう。(今回の拝読範囲は、御書1218ページ冒頭~1220ページ13行目「おぼすべし」)

本抄について

 本抄は、建治元年(1275年)8月、日蓮大聖人が身延の地で認められたお手紙です。
 あて名は「乙御前」となっていますが、内容は乙御前の母に対して送られたものです。
 乙御前の母は、鎌倉に住んでいた門下で、夫と離別し、幼い娘を一人で育てながら純粋な信心を貫いた女性です。大聖人の佐渡流罪の渦中には遠路はるばる佐渡まで訪れ、大聖人から「日妙聖人」という最高の称号を贈られています。
 当時、再びの蒙古襲来の可能性に世情が騒然としていました。そうした中、大聖人のおられる身延へと師匠を求めて足を運んだ乙御前の母に送られたのが本抄です。

挿絵

御文

 されば妙楽大師のたまはく「必ず心の固きに仮りて神の守り則ち強し」等云云、人の心かたければ神のまほり必ずつよしとこそ候へ、是は御ために申すぞ古への御心ざし申す計りなし・其よりも今一重強盛に御志あるべし、其の時は弥弥十羅刹女の御まほりも・つよかるべしと・おぼすべし、例には他を引くべからず、日蓮をば日本国の上一人より下万民に至るまで一人もなくあやまたんと・せしかども・今までかうて候事は一人なれども心のつよき故なるべしと・おぼすべし
 (御書1220ページ9行目~13行目)

通解

 それゆえ、妙楽大師は「心が堅固であれば、必ず神の守りも強いのである」と言っています。その人の信心が固ければ、諸天善神の守りは必ず強い、ということです。
 これは、あなたのために申し上げるのです。これまでのあなたの信心の深さは、言い表すことができません。しかし、それよりもなお一層の強盛な信心をしていきなさい。その時は、ますます十羅刹女の守護も強くなると思いなさい。
 その例は、他から引くまでもありません。この日蓮を、日本国の上一人より下万民に至るまで一人も残らず、亡き者にしようとしたけれども、今までこうして無事でいることは、日蓮は一人であっても心が強いからなのだと思いなさい。

解説

諸天を揺り動かす強盛な信心で

 妙法には、計り知れない力が具わっています。この妙法の力を最大に引き出していくのは、自らの強き「信心」です。
 このことを日蓮大聖人は、掲げた御文で、妙楽大師の言葉を引いて示されます。
 「心の固き」――すなわち、何があっても恐れず、疑わず、強盛な信心を貫けば、諸天善神の守護の働きが強く現れ、いかなる苦難にも打ち勝つことができるのです。
 本抄の御執筆当時、再びの蒙古襲来の危機に、日本中が騒然としていました。また、大聖人が佐渡に流罪された当時、門下は激しい弾圧を受け、退転者が相次ぎました。
 乙御前の母は、頼りとすべき夫もなく、幼子と二人で乱世を生き抜かなければならない状況でした。しかし、その中で、純粋な信心を貫き、師を求め、険しい道を越えて、佐渡へ、身延へと大聖人を訪ねました。
 大聖人は、その求道心を最大にたたえられ、掲げた御文の直前で、人が生まれた時から両肩に付き添い、善悪の行為を交互に天に報告する同生天・同名天について述べられます。〝あなたの善の行動は、全て諸天善神が御存知であり、必ず守られますよ〟と、温かな激励をされているのです。
 続いて大聖人は、これまでの乙御前の母の尊い信心をたたえた上で、あえて「今一重強盛に御志あるべし」と、一層の強盛な信心を奮い起こすよう指導されています。
 〝昨日より今日〟〝今日より明日へ〟と、どこまでも挑戦していく姿にこそ、強盛な信心の姿勢があります。
 続く「例には他を引くべからず」では、「心の固き」信心で妙法を実践してきたのは、大聖人御自身であると仰せです。
 大聖人は末法の民衆を救うために正法を弘められ、命に及ぶ大難に遭われました。しかし、「一人なれども心のつよき故なるべし」とある通り、信心が強いゆえに大難を乗り越えることができたと教えられています。
 大聖人を襲ういかなる障魔に対しても、一人立つ大聖人の「師子王の心」は微動だにしませんでした。諸天を揺り動かすのは、どこまでも自分自身の「心」、すなわち信心の強き「一念」なのです。
 本年4月28日は、御書全集発刊から65周年。いかなる時も御書根本に戦い抜かれた創価三代の師弟の闘争を受け継ぎ、強盛な信心で諸天を働かせ、栄光の「5・3」へ勝利の扉を開いていきましょう。

挿絵

池田先生の講義から

 受け身や弱気の心では、諸天を動かすことはできません。〝いかなる苦難があろうとも、断じて負けない。絶対に勝利してみせる〟――この決定した「一念」から湧き上がる祈りと実践に、諸天善神は感応し、人々を厳として守る働きとして現れるのです。
 ◇ ◆ ◇
 〝さあ、これからだ!〟――これが草創以来の学会精神です。「前進、前進、また前進」が、広宣流布の合言葉です。  どんな逆境にも立ち向かっていく。どんなことがあっても退かない。それが「心の固き」です。
 ◇ ◆ ◇
 強く、快活で、智慧ある女性がスクラムを組めば、社会は大きく変わります。何も恐れるものがない女性の連帯があれば、時代は大きく変わります。
 生命を慈しみ守り、豊かな感性をもった女性が立ち上がれば、文明が大きく変わります。
 仏法は、そのために、目覚めた「本物の民衆」をつくりあげる教えなのです。
 (いずれも『勝利の経典「御書」に学ぶ』第3巻)

研さんのために

 ○…『勝利の経典「御書」に学ぶ』第3巻、「乙御前御消息」(聖教新聞社)
 ○…『勝利の経典「御書」に学ぶ』第19巻、「日妙聖人御書」(同)

挿絵

御書カフェ -華陽姉妹の語らい-

「教えて」 自分から友人に声を掛けるのが苦手です。 

「御文」 声仏事を為す(御義口伝、御書708ページ)
〈通解〉 声が仏の働きをする。

 釈尊も「自分から語りかける人」だったと言われています。あせらず、臆さず、元気なあいさつから始めればいいのです。
 「おはようございます!」「こんにちは!」と、さわやかに声をかける。明るくはつらつと接する。それだけで声をかけられた人はうれしい。信頼関係も築かれる。(2012・3・29付、「若き君へ 新時代の主役に語る」)
 ◇ ◆ ◇
 友のためにと思って、仏法の正義を語った言葉が、反発を受けることもある。しかし、その心は必ず伝わる。
 大事なことは、その対話に強く深い「祈り」を込めていくことです。「祈り」のこもった言葉は、必ず相手の生命の内奥の「仏性」に届きます。(『御書と青年』)
 ◇ ◆ ◇
 「言葉の力」「声の力」は偉大である。
 黙っていてはわからない。伝わらない。「声仏事を為す」(御書708ページ)と説かれるように、声で人を救うことができる。声で魔を切ることもできる。
 言葉で、声で、いくらでも広布の道を開いていける。(『池田大作全集』第85巻) (聖教新聞2017年4月8日付掲載)