女子部「御書池田大学運動」

9月度「一生成仏抄㊦」

唱題こそ生命変革の根幹の実践9月度「一生成仏抄㊦」

  今月は「一生成仏抄」の後半を研さんします。池田先生は、つづっています。
 「『自身』が変われば『世界』が変わる。
 『我が一念の変革』が、すべての変革の鍵なのです。これが『人間革命』です。
 そして、誰にでも、その変革の力が具わっている。この生命の真実に気づけば、いつでも、どこでも、どのような状況にあっても、その力を現実に開き顕していくことができます」
 今回は、生命変革の根幹の実践である〝唱題行のあり方〟を学んでいきましょう。(拝読範囲は、御書383ページ15行目「之に依って」~384ページ本抄末尾)

本抄について

 本抄は、御執筆の年次や宛先は不明ですが、立宗から間もない建長7年(1255年)に認められ、富木常忍に与えられたと伝えられています。
 題号の「一生成仏」とは、凡夫が、この一生のうちに成仏するということです。本抄では、日蓮大聖人の仏法の根幹である唱題行の意義について、法理と実践の両面から明らかにされ、南無妙法蓮華経の題目を唱える唱題行こそが、成仏の直道であることを示されます。

挿絵

御文

 又衆生の心けがるれば土もけがれ心清ければ土も清しとて浄土と云ひ穢土と云うも土に二の隔なし只我等が心の善悪によると見えたり、衆生と云うも仏と云うも亦此くの如し迷う時は衆生と名け悟る時をば仏と名けたり、譬えば闇鏡も磨きぬれば玉と見ゆるが如し、只今も一念無明の迷心は磨かざる鏡なり是を磨かば必ず法性真如の明鏡と成るべし、深く信心を発して日夜朝暮に又懈らず磨くべし何様にしてか磨くべき只南無妙法蓮華経と唱へたてまつるを是をみがくとは云うなり
 (御書384ページ1行目~5行目)

通解

 また、浄名経には「人々の心がけがれれば、その人々が住む国土もけがれ、人々の心が清ければ国土も清い」とある。すなわち、浄土といっても、穢土といっても、二つの別々の国土があるわけではなく、ただそこに住む私たちの心の善悪によって違いが現れると説かれているのである。
 衆生といっても仏といっても、またこれと同じである。迷っている時には衆生と名づけ、覚った時には仏と名づけるのである。たとえば、曇っている鏡も磨いたならば、輝く玉のように見えるようなものである。
 今の私たちの一念が、無明におおわれて迷いの心である時は磨いていない鏡であり、これを磨けば必ず法性真如の明鏡となるのである。強く信心を起こして、日夜朝暮に怠ることなく磨いていきなさい。では、どのようにして磨くのか。ただ南無妙法蓮華経と唱えること、これが磨くということである。

解説

〝持続の信心〟で幸福の土台を

 日蓮大聖人の仏法は、生命変革の仏法です。
 掲げた御文で大聖人は、浄名経を引かれ、仏の住む清らかな国土である「浄土」と、けがれた国土である「穢土」は、別々の世界ではなく、そこに住む衆生の「心の善悪」によって、この違いが現れると仰せです。
 そして、同じように、「衆生」と「仏」といっても別々の存在ではなく、一人の人間における「迷い」と「覚り」の生命状態の違いであることを教えられています。
 この「迷い」を「覚り」へと転換することができるのが、「南無妙法蓮華経」の唱題行です。題目を唱え、自身の生命を変革することによって、周りの環境をも変革し、あらゆる悩みや苦難も幸福の方向へと開いていくことができるのです。
 この自身の生命を変革する唱題行を、大聖人は鏡の譬えを通して示されています。
 曇ってものを映さない鏡も、磨けばものをはっきりと映します。同じように、無明という根本の迷いに覆われた生命(磨かざる鏡)も、南無妙法蓮華経の唱題行に励むことによって、仏の覚りの生命(明鏡)へと輝かせていくことができると述べられています。
 私たちは日々の勤行・唱題の実践によって、自身の生命を磨き、本来持っている無限の力を自在に発揮することができるのです。
 この唱題行を実践していく上で大事なことが二つあります。一つは「深く信心を発して」と仰せのように、強く信心を起こすことです。
 現実の悩みに真正面から向き合い、「この信心で必ず乗り越えてみせる!」と腹を決めて勇んで祈り抜く姿勢が重要です。
 もう一つは、「日夜朝暮に又懈らず磨くべし」と仰せのように、持続することです。
 御聖訓に「苦楽ともに思い合せて」(御書1143ページ)とあるように、苦しい時も、楽しい時も、日々たゆみなく唱題に挑戦していくなかで、何があっても負けない絶対的幸福境涯を築くことができるのです。
 池田先生は、本抄の講義でつづっています。
 「唱題行によって生命を根底から鍛えれば、心はいくらでも深くなり、生命はいくらでも強くなり、境涯はいくらでも広くなります」
 友の幸福を祈り、勇気の対話に挑戦し、地涌のスクラムを大きく広げていきましょう!

挿絵

池田先生の講義から

 唱題は、まず「勇んで為す」という挑戦の心が大切なのです。それは「深く信心を発す」との大聖人の教えのままに、「我が己心の妙理を呼び起こすことができる」「我が生命に本来具わる仏界を現すことができる」「必ず一生成仏できる」という、生命の奥底からの信を起こしていくことでもあると言えます。
 それはまた、題目を唱えることを妨げる三障四魔との戦いに立ち上がっていくことでもあります。紛然と競い起こる障魔に、恐れることなく、倦むことなく、退くことのない挑戦の心が大切なのです。
 挑戦し、戦って、無明を打ち破ってこそ、生命を磨くことができるからです。
 ◇ ◆ ◇
 題目は「前進」の力です。題目は「勝利」の力です。あらゆる戦いは、まず祈ることから始まります。(中略)
 私たちは、どこまでも日夜朝暮にたゆまず題目を唱えながら、我が生命を鍛え抜いて、勝利また勝利の人生を築き上げていこうではありませんか。(『一生成仏抄講義』)

研さんのために

 ○…『一生成仏抄講義』(聖教新聞社)
 ○…『御書の世界』第1巻、「一生成仏」(同)
 ○…『信仰の基本「信行学」』、「現代に菩薩行を貫く 学会の『行動』」(同)

挿絵

御書カフェ -華陽姉妹の語らい-

「教えて」 「平和」のために私にできることは何でしょうか? 

「御文」 心の一法より国土世間も出来する事なり(三世諸仏総勘文教相廃立、御書563ページ)
〈通解〉 心という一法から国土の違いも出てくるのである。

 「平和といっても、身近なことから始まります。まず、自分自身のなかにある、人に対する偏見や差別、また、わがままな心と戦い、勝たねばならない。同時に、慈悲、つまり人びとの幸福を願い、行動する強い心を培い、自らの人間性を高めていくことです。戦争を起こすのは人間です。だから、その人間の生命を変え、人間の心のなかに平和の砦を築かなければならない。それが人間革命であり、その源泉が題目です。この人間革命の思想と実践の道を世界に伝えていくことこそ、人類の平和を建設する根本なんです」(小説『新・人間革命』第14巻「大河」の章)
 ◇ ◆ ◇
 若き平和の連帯を広げるのだ。残酷な戦争がない、そして誰もが、この世に生まれて良かったと思える社会、幸福を満喫できる世界を、青年の力で作ってもらいたい。平和とは、戦い、勝ち取るものだ。平和の究極は広宣流布である。(『勝利の人間学』) (聖教新聞2017年9月9日付掲載)