青年部年間拝読御書

青年部拝読御書 顕仏未来記 研鑚のために①

池田門下よ世界広布に勇み立て!青年部拝読御書 顕仏未来記 研鑚のために①

全世界を舞台に、仏法の偉大さを伝えゆく〝新たな時〟が到来した。「世界広布新時代 開幕の年」の青年部拝読御書は「顕仏未来記」。日蓮大聖人の「末法広宣流布」への大確信と広大な御境涯に迫り、一閻浮提(全世界)に妙法を弘める地涌の菩薩の使命に奮い立っていきたい。連載の第1回は、背景と大意、第1章を解説する。

第1章 釈尊の未来記を挙げる(御書505㌻初~506㌻1行目)

背景と大意

 「顕仏未来記」は、文永10年(1273年)閏5月11日、日蓮大聖人が52歳の時に、佐渡の一谷で著された。宛名は記されていないが、その内容から、門下一同に与えられたと拝される。
 佐渡流罪という大難のさなか、大聖人は御自身の命も危ぶまれる中で、門下のため、後世のために、40編を超える御書を執筆された。文永10年には、本抄のほかに「観心本尊抄」(4月)、「如説修行抄」「諸法実相抄」(5月)など、重要な御書を著されている。これらの書では、末法の人々が成仏するための本尊を明かし、末法の信心修行の在り方の根本である不惜身命の信心と広宣流布の使命を教えられている。
 本抄の題号の「顕仏未来記」とは、「仏の未来記を顕す」と読む。これは、「未来を予見し、記した仏の言葉を実現する」との意味である。「仏の未来記」とは、一往は釈尊の未来記を指すが、元意は、末法の御本仏としての「日蓮大聖人の未来記」を明かされることにある。
 本抄では冒頭で、末法における広宣流布を説いた法華経の経文を引かれ、その時代に生まれ合わせた喜びを述べられた後、末法は法華経の行者が厳しい迫害を受ける時であると述べられている。
  そして、「猶多怨嫉・況滅度後」「及加刀杖」「数数見擯出」などの法華経の予言を証明した行者は、大聖人以外にいないことを宣言される。
 次いで、大聖人の未来記として、「仏法必ず東土の日本より出づべきなり」との「仏法西還」の原理を記され、末法は大聖人の仏法が広宣流布する時であることを明かされる。
 最後に、一切衆生を救う大慈悲の境涯を示されるとともに、釈尊、天台、伝教に御自身を加えて「三国四師」と名づけ、大聖人こそが仏法の正統であることを示されて、本抄を結ばれている。

挿絵

通解

 法華経の第7の巻、薬王品には、「私(釈尊)が滅度した後、後の五百歳のうちに、この法華経を全世界に広宣流布して断絶させてはならない」等と述べられている。
 日蓮は一度は嘆いて言う。(今は)仏滅後、二千二百二十余年も経っている。一体どのような罪業によって、仏の生きていた時代に生まれあうことができず、また、正法時代の四依の人(迦葉・阿難や竜樹・天親等)や像法時代の天台・伝教にも会えなかったのであろうか。
 また一度は歓喜して言う。一体、どのような福運があって、後の五百歳(末法)に生まれ、この薬王品の真実の文を拝見することができたのであろうか。
 釈尊在世に生きても無益である場合がある。前四味(=爾前経)の説法を信じている人は、いまだ法華経を聞いていないからである。正法・像法時代に生まれたとしても、また意味がない場合がある。南三北七(=天台の時代の中国における仏教の諸学派)の諸宗並びに華厳・真言宗等の学者は法華経を信じていないからである。
 天台大師は、「後の五百歳、(末法の初めから)遠く未来にわたって妙法が流布して、その功徳に潤うであろう」(『法華文句』)等と述べているが、これは広宣流布の時を指しているのであろう。
 伝教大師は、「正法・像法時代は、ほとんど過ぎ終わって、末法がいよいよ間近である」(『守護国界章』)等と述べている。これは末法の初めに生まれることを、願い求める言葉である。
 生まれ合わせた時代をもって果報の優劣を論じるならば、日蓮は(正法時代の)竜樹・天親を超え、像法時代の天台・伝教よりも勝っているのである。

解説

★末法に生まれた喜び

 本抄の冒頭で日蓮大聖人は、釈尊の未来記である法華経薬王品の経文を挙げ、仏の滅後、後の五百歳(末法)こそ、真実の大法が広宣流布する時であることを論証されていく。
 ここで引用されている法華経薬王品の文は、「後の五百歳」すなわち末法において、全世界に正法が広宣流布していくことを予言した文である。本抄では、釈尊の未来記を現実のものとしたのが、大聖人ただお一人であることが示される。その上で、大聖人御自身の未来記として、法華経の肝要である南無妙法蓮華経の大法が、世界中に流布することが明かされていくのである。
 今回の研鑽範囲で、大聖人はまず、当時の人々が抱いていた一般的な末法観に従って、末法に生まれた嘆きを述べられている。
 末法に生まれるということは、法華経を説いた釈尊に会えないだけではなく、正法・像法時代の迦葉・阿難や竜樹・天親等、また、法華経を弘めた天台・伝教等とも巡り会えないことを意味する。釈尊の在世から遠く離れた末法の時代は、衆生を教化する師たる釈尊の影響力が薄れ、残された教えも形骸化し、仏教全体の救済力が弱まっていく時代である。ゆえに当時の人々は、末法は嘆くべき時代であると受け止めていたのである。
 しかし、大聖人は一転して、「亦一たびは喜んで云く何なる幸あつて後五百歳に生れて此の真文を拝見することぞや」と、末法に巡りあえた喜びを強調されていく。釈尊在世や正法・像法時代に生まれたとしても、低い教えしか知らず、法華経に巡りあわなければ成仏することができないからである。つまり大聖人は、どのような法に接することができるかということを、最も重要視されたのである。
 法華経を正しく信解していた像法時代の天台大師と伝教大師は、末法に生まれることを願っていた。それは、末法こそ広宣流布の時だからである。ゆえに大聖人は、末法に生まれることができた果報を、「竜樹・天親に超過し天台・伝教にも勝るるなり」と述べられているのである。

★妙法を唱え弘める時

 そもそも、「末法」とは、いかなる時代なのか。
 仏典には、「闘諍言訟・白法隠没」と説かれている。自説に執着して他人と言い争い、次第に釈尊の仏法の力が衰えていく――それが末法の様相である。
 大聖人の御在世当時は、まさに「悪世末法」そのものであった。「立正安国論」の冒頭にあるように、天変地夭や飢饉、疫病などの災害は絶えず、誰一人として、悲しまない者はいなかった。民衆の心を諦めが支配し、生命力が失われていった。
 しかし、大聖人は、このような悲惨な時代に生まれることを「幸」と仰せである。それは、末法こそ、法華経の肝心たる南無妙法蓮華経の大法が、一閻浮提(全世界)に弘まっていく時だからである。題目によって、私たちの生命が根本的に変革でき、三世永遠の幸福境涯を確立できる時だからである。
 末法とは、釈尊の仏法が力を失う時である。ならば、法華経も同じように、その功力をなくしてしまう。では、一体、何を「法」として弘めるべきなのか――大聖人は、その法こそ、法華経の文底に秘沈された「南無妙法蓮華経」であると宣言された。
 仏の生命は本来、万人に具わっている。しかし、生命を無明(根源的な無知、妙法を信じられない癡かさ)が覆い尽くしているゆえに、仏の生命の働きは、容易には顕れない。そこで、一切衆生を救済する根源の妙理である妙法が必要になる。その妙法を唱え、弘めていける時代が「末法」なのである。その確信に立った時、末法は「嘆くべき悪世」から、「妙法弘通の大事業ができる喜ばしき時代」へと大転換されるのだ。

★仏法の偉大さを証明

 本抄を御執筆された当時、大聖人御自身は佐渡に流罪中の身であった。しかし、心は法悦に満ちあふれておられた。時代や状況を嘆くのではない。真実の仏法のために、民衆の幸福のために、末法万年尽未来際の広宣流布のために、わが身を尽くしていける。これほど喜ばしいことはないではないか!――これが御本仏の境涯なのである。ここに人間性の最高の輝きがある。
 私たちの実践もまた、大聖人の御精神に連なるものであるべきだ。
 現代社会も、さまざまな問題を抱えている。個人の悩みも尽きない。しかし、「こんな時代だからこそ、仏法の偉大さが証明できる」「悩みの渦中だからこそ、宿命転換ができる」――この使命感と自覚に立ち、喜び勇んで戦うのが、地涌の菩薩であり、法華経の行者なのだ。
 池田名誉会長はつづっている。
 「法華経の行者の本質は、仏種の力を生命に現す実践と実証にあります。特に、すべての人が現実に仏種を現していける道を確立するためには、あらゆる魔性に打ち勝っていく信念と実践が不可欠です」
 さあ、「世界広布新時代」がいよいよ開幕した。今こそ、題目を唱え、仏法を弘めることができる喜びを胸に、わが使命の舞台で、勇気の対話を広げていきたい。

(創価新報2014年1月15日号)